第三百七十八話 盲信は危険

過去・現在・未来という「時間の概念」がどうやら、わたしたち人間にとって最大の元凶であったようです。
つまり、
わたしたち人間は万物の霊長などではなく、常に暴走しているただのどぶねずみに過ぎなかったようです。
わたしたち人間社会だけにあって、自然社会(地球本来の姿)にはないもの。
その最たるものが、「死の概念」、「時間の概念」を筆頭にした「概念」、つまり、「考え方」というものです。
“人間は考える葦である”と言った、フランスのパスカルのような哲学者と言われる類が、「概念」を生み出した張本人でしょう。
“我々が存在している宇宙は、時間と空間の「時空の世界」”と言った、アインシュタインのような物理学者と言われる類が、「概念」を生み出した張本人でしょう。
こういった学者という連中を、わたしたち一般凡夫は純粋理論の求道者だと盲信している嫌いがあります。
言い換えれば、
「科学」を盲信している嫌いがあります。
彼らが主張している理論を理解せずに信じているから盲信だと言っているのです。
そこが、「科学」の落とし穴だったのです。
専門学問だから、わたしたち一般凡夫には理解できないが、彼らは学者という専門家だからという理由で、自ら理解しないで信じているのです。
つまり、
盲信しているのです。
盲信するということは、嘗ての皇帝や国王、現代では、政治家や役人といった支配しようとする連中にとっては都合のいい話ですが、嘗ての奴隷、現代では一般国民といった支配されているわたしたち一般凡夫にとっては、危険極まりないことです。
そこが、「宗教」の落とし穴だったのです。
わたしたち人間社会というのは、実はとんでもない社会だったのです。
善意どころか悪意に満ちた社会だったのです。
その結果、
自然社会(地球本来の姿)にはないのに、わたしたち人間社会だけにあるものが登場したのです。
「オス社会」を頂点にして、「宗教と科学」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会」で底辺を構成するトライアングルが、人間社会だけに差別・不条理・戦争をもたらしたのです。
地球温暖化問題の根本原因は、差別・不条理・戦争をもたらした「オス社会」を頂点にして、「宗教と科学」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会」で底辺を構成するトライアングルにあったのです。
盲信は未熟な知性ゆえの錯覚です。