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第三百八十一話 宗教や科学のない社会 わたしたち(どぶねずみ)人間は、宗教や科学こそが差別・不条理・戦争を解決してくれるものと信じ込んできました。 ところが、 「宗教と科学」という未熟な知性の産物が、差別・不条理・戦争を生み出す元凶であった。 わたしたち(どぶねずみ)人間は、宗教や科学こそが悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の人生から脱却させてくれるものと信じ込んできました。 ところが、 「宗教と科学」という未熟な知性の産物が、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の人生を生み出す元凶であった。 わたしたち(どぶねずみ)人間は、政治や経済、宗教や科学こそが成熟した知性だと信じ込んできました。 ところが、 古代、中世、近代、そして現代と引き継がれてきた文明社会と言われた過去数千年の人間の歴史は、如何なる政治や経済で以っても、如何なる宗教や科学で以っても、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の人生からも、差別・不条理・戦争の繰り返す社会からも一向に脱却できていないのです。 まさに、 「政治や経済」が未熟な知性の証明です。 「宗教と科学」が未熟な知性の証明です。 従って、 二十一世紀の「新しい時代」、つまり、「新代」では、成熟した知性による「政治や経済」とは、一体如何なるものかを模索して行かなければならないでしょう。 つまり、 二十世紀までの未熟な知性による「政治や経済」のない社会を目差して行かなければならないでしょう。 従って、 二十一世紀の「新しい時代」、つまり、「新代」では、成熟した知性による「宗教や科学」とは、一体如何なるものかを模索して行かなければならないでしょう。 つまり、 二十世紀までの未熟な知性による「宗教や科学」のない社会を目差して行かなければならないでしょう。 |