第三百八十二話 政治や経済のない社会

二十世紀までの「政治や経済」は未熟な知性によるものだった。
二十世紀までの「宗教や科学」は未熟な知性によるものだった。
二十一世紀からの「政治や経済」は成熟した知性によるものでなければなりません。
二十一世紀からの「宗教や科学」は成熟した知性によるものでなければなりません。
従って、
二十一世紀からの「新しい時代」における「政治や経済」は、二十世紀までの「古い時代」の「政治や経済」ではないものでなければなりません。
つまり、
二十一世紀の「新しい社会」は、政治や経済のない社会でなければなりません。
つまり、
二十一世紀の「新しい社会」は、宗教や科学のない社会でなければなりません。
ドイツの社会学者フレディナンド・テニエス(Fredinand Tonnies)が1837年に著書「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」の中で、共同社会(ゲマインシャフト)と利益社会(ゲゼルシャフト)という二つの考え方が人間社会にあったと主張しました。
新田哲学で言うところの、「オス社会」を頂点にして、「宗教と科学」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会」で底辺を構成するトライアングル構造の社会こそが、利益社会(ゲゼルシャフト)に外なりません。
新田哲学で言うところの、自然社会こそが、共同社会(ゲマインシャフト)に外なりません。
言い換えれば、
拙著「新しい日本(II)」で主張しております、「メス社会」を中心にして、「宗教と科学を超えた価値観」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度を超えた価値観」と「悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖を超えた価値観」と「差別・不条理・戦争のない社会」を四辺にしたスクエアー(正方形)構造の人間社会をベースにした考え方です。
いずれにしても、
二十一世紀の「新しい社会」は、宗教や科学のない社会でなければなりません。
二十一世紀の「新しい社会」は、政治や経済のない社会でなければなりません。