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第三百八十七話 「蓄積の概念」の実体 「蓄積の観念」、「蓄積の概念」の実体を理解することで、「蓄積の理解」に至ることができる。 それでは、先ず「蓄積の概念」から検証してみましょう。 「概念の世界」は、わたしたち人間の世界です。 つまり、 「この世」=「動画面の世界」=「主観の世界」=「概念の世界」=「映像の世界」=「相対の世界」=「運動の世界」=「二元論の世界」=「円周の世界」=「生の世界」=「宗教の世界」=「科学の世界」=「神の世界」=「政治の世界」=「経済の世界」=「歴史の世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の世界」=「差別・不条理・戦争の世界」=「必然の世界」=「過去・現在・未来の世界」=「未熟な知性の世界」=「有(有限)の世界」=「蓄積の概念の世界」のことです。 従って、 「概念の世界」における蓄積とは、「多少の差」という変化(運動)があります。 言い換えれば、 「蓄積の概念」とは「変化する(運動する)蓄積」、「相対的蓄積」、「過去・現在・未来の蓄積」、「二元論的蓄積」、とも言えるわけで、最終的には「貧富二元論」に行き着きます。 平たく言えば、 「貧富二元論」とは、富める者と貧しい者に二分されることです。 「貧富二元論の世界」=「蓄積の概念の世界」と言えるわけです。 「貧富二元論」は、「二元論」の本質からして、貧が実在で富は貧の不在概念に過ぎません。 つまり、 「貧富二元論」の本質(実体)は、「貧が実在で、富は貧の不在概念に過ぎない」ことに外なりません。 更に、 「貧富二元論」は、「二元論」の本質の質的優位性は=量的劣位性、質的劣位性=量的優位性からして、貧しい者の数が圧倒的に多くて、富める者の数は極めて少ない。 つまり、 「貧富二元論」の本質(実体)は、「みんなが富を求めても、得られるのは少数である」ことに外なりません。 従って、 「蓄積の理解」に至るためには、「蓄積の概念」の実体は「貧富二元論」にあり、「貧富二元論」の本質は「多数の貧が実在で、少数の富は貧の不在概念に過ぎない」点にあることを先ず理解することです。 わたしたち人間だけが、過去・現在・未来に想いを馳せて生きている所以です。 |