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第四百話 すべては円回帰する 知性を得た生きものが最初に辿るのが、「観念の世界」から「概念の世界」ですが、所詮、それは未熟な知性ゆえでした。 成熟した知性を得た生きものが最後に辿るのが、「概念の世界」から「理解の世界」です。 つまり、 知性のない生きものは、「観念の世界」で生きます。 未熟な知性の生きものは、「概念の世界」で生きます。 成熟した知性の生きものは、「理解の世界」で生きます。 従って、 「知性がない」→「未熟な知性」→「成熟した知性」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「あの世」→「この世」→「この世とあの世」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「静止画フィルムの世界」→「動画面の世界」→「鑑賞席のある映画館の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「客観の世界」→「主観の世界」→「主観・客観の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「観念の世界」→「概念の世界」→「理解の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「実在の世界」→「映像の世界」→「現実の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「絶対の世界」→「相対の世界」→「絶対・相対の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「静止の世界」→「運動の世界」→「静止・運動の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「一元論の世界」→「二元論の世界」→「三元論の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「始点の世界」→「円周の世界」→「終点の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「誕生の世界」→「生の世界」→「死の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「宗教のない世界」→「宗教の世界」→「宗教を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「科学のない世界」→「科学の世界」→「科学を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「神のない世界」→「神の世界」→「神を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「政治のない世界」→「政治の世界」→「政治を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「経済のない世界」→「経済の世界」→「経済を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「歴史のない世界」→「歴史の世界」→「歴史を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖のない世界」→「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の世界」→「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「差別・不条理・戦争のない世界」→「差別・不条理・戦争の世界」→「差別・不条理・戦争を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「偶然の世界」→「必然の世界」→「必然・偶然の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「『今』の世界」→「過去・現在・未来の世界」→「『今、ここ』の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「知性のない世界」→「未熟な知性の世界」→「成熟した知性の世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「無(無限)の世界」→「有(有限)の世界」→「無(限)・有(有限)を超えた世界」で円回帰運動を完結します。 言い換えれば、 「蓄積の観念の世界」→「蓄積の概念の世界」→「蓄積の理解の世界」で円回帰運動を完結します。 従って、 すべては三の法則に基づいて円回帰するのです。 |