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はじめに 科学者の大半が男性であることが、知的生きものの代表が男性であり、一方、女性は感性の代表である証左だと言われてきました。 芸術の世界においても、男性と女性の特徴が表れています。 作詞家は男女ともにいるが、作曲家となると殆どが男性で、女性の作曲家は殆どいない。 詩は感性がないと書けないが、曲は理性(知性ー音楽的知識)がなければ書けない。 小説家は男女ともにいるが、哲学者となると殆どが男性で、女性の哲学者は殆どいない。 物語(創作)は感性がないと書けないが、論理は理性(知性ー哲学的知識)がなければ書けない。 男性が知的生きものの代表である所以がここにも表れているわけです。 科学者とは、感性の代表ではなく、理性(知性ー知識)の代表であったわけですが、一方、宗教者は感性の代表であるのに、過去の宗教者の大半は男性であったことが、宗教と科学は同じ穴の狢だったことを証明しています。 目に見えるものを論じるのが科学であり、目に見えないものを論じるのが宗教なのに、なぜ殆どが男性の宗教者だったのでしょうか。 宗教の実体は、目に見えないものを論じる感性の産物ではなく、目に見えるものを論じる理性(知性ー知識)の産物であった証左です。 要するに、わたしたち一般の人間は宗教に騙されていたのです。 ところが、200年ほど遡った頃から女性の新興宗教者が現れはじめ、現在では男女とも半々ぐらいの女性教祖が出現していますし、女性科学者も出現しています。 これは一体何を示唆しているのでしょうか。 「今朝のお話(Daily Discourse)」Vol.(IV)のおわりにの最後で述べましたように、オス(男性)こそ未熟な知性の申し子であり、メス(女性)こそ成熟した知性の申し子だったからではないでしょうか。 「概念の世界」から「理解の世界」に人類が進化するためには、未熟な知性から成熟した知性に進化しなければならない。 その担い手が女性なのです。 「新しい時代(新代)」における「新しい社会」の担い手は女性なのです。 「メス(女性)社会」を中心にして、「宗教と科学を超えた価値観」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度を超えた価値観」と「悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖を超えた価値観」と「差別・不条理・戦争のない社会」を四辺にしたスクエアー(正方形)構造の新しい社会を「今朝のお話(Daily Discourse)」Vol.(V)で論じてみたいと思います。 平成20年4月11日 新 田 論
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おわりに 「概念の世界」から「理解の世界」に人類が進化するためには、未熟な知性から成熟した知性に進化しなければならない。 その担い手が女性だった。 「新しい時代(新代)」における「新しい社会」の担い手は女性だった。 「メス(女性)社会」を中心にして、「宗教と科学を超えた価値観」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度を超えた価値観」と「悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖を超えた価値観」と「差別・不条理・戦争のない社会」を四辺にしたスクエアー(正方形)構造の社会こそ、わたしたち知性を有する人間の目差すべき社会だったのです。 「この世とあの世」=「鑑賞席のある映画館の世界」=「主観・客観の世界」=「理解の世界」=「現実の世界」=「絶対・相対の世界」=「静止・運動の世界」=「三元論の世界」=「終点の世界」=「死の世界」=「宗教を超えた世界」=「科学を超えた世界」=「神を超えた世界」=「政治を超えた世界」=「経済を超えた世界」=「歴史を超えた世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を超えた世界」=「差別・不条理・戦争を超えた世界」=「必然・偶然の世界」=「『今、ここ』の世界」=「成熟した知性の世界」=「無(限)・有(有限)を超えた世界」=「蓄積の理解の世界」の社会こそ、わたしたち知性を有する人間の目差すべき社会だったのです。 そして、そのキーワードは、 “生死を掛けた自己の存在の保存”なのです。 平成20年7月29日 新 田 論
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