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第四百三十二話 「知る能力」と「考える力」 わたしたち人間だけに具わっているのは、「知る能力」=知性ではなく、「考える力」=判断する力=区分けする力=差別する力だったのです。 だから、 人間社会だけに、差別・不条理・戦争が起こるのです。 言い換えれば、 知性の進化が、「知る能力」の発達であります。 知性の退化が、「考える力」の発生であります。 知ることは進化に外ならなかったが、考えることは退化に過ぎなかったのです。 言い換えれば、 「部分感」は知性の功的側面である所以です。 「部分観」は知性の罪的側面である所以です。 生きているということは、「在り方」ということです。 生きていると思うことは、「考え方」ということです。 「考える力」を持たない自然社会の生きものが、「全体感」で生きているということは、「在り方」だけで生きているということです。 「考える力」を有するわたしたち人間が、「全体感と部分観」で生きているということは、「在り方」と「考え方」で生きているということです。 つまり、 「考える力」が「部分観」を生むわけです。 言い換えれば、 五感による情報を「考える力」で区分けする結果、「部分観」が生じるわけです。 五感が自他の区分け機能を持っているからです。 つまり、 「全体感」という「在り方」に対して、「部分観」という「考え方」が生じたわけです。 その結果、 「考える力」を有するわたしたち人間だけが、「在り方」と「考え方」という二通りの生き方に分裂してしまったわけです。 「知る能力」が発達した結果、生じた「部分感」なら「全体感」に包含されているが、「部分観」なら「全体感」に包含されていないから、分裂症に陥るのです。 |