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第四百六十八話 使命こそが人間の存在意義 わたしたち人間の男性は、有るものを避けて、無いものを求めるという無いものねだりの幻想(夢)の生き方をする。 わたしたち人間の女性は、有るものを避けて、無いものを求めるという無いものねだりの生き方はしないで、有るものだけを追いかける現実(実在)の生き方をする。 人間のオス、つまり、男性は幻想(夢)の生き方をする。 人間のメス、つまり、女性は現実(実在)の生き方をする。 人間のオスとメス、つまり、男性と女性はまったく別の生きものである所以がここにあります。 では何故、人間のオス、つまり、男性が無いものねだりの生き方をするのでしょうか。 自分自身が実在するものの不在概念に過ぎないからです。 平たく言えば、 メスが子供を産むのに対して、自分(オス)は子供を産めないからです。 つまり、 創造的な仕事(使命)を持っていないからです。 だから、 「オス社会」を構成するわたしたち人間だけが、「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会」をつくったのです。 だから、 「オス社会」を構成するわたしたち人間だけが、「宗教と科学」をつくったのです。 だから、 「オス社会」を構成するわたしたち人間だけが、「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖」の人生を送る羽目に陥ったのです。 だから、 「オス社会」を構成するわたしたち人間だけが、「差別・不条理・戦争」の社会をつくったのです。 創造的な仕事(使命)を持っている女性には、「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別」など無意味です。 創造的な仕事(使命)を持っている女性には、「宗教と科学」など無意味です。 創造的な仕事(使命)を持っている女性には、「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖」の人生など無意味です。 創造的な仕事(使命)を持っている女性には、「差別・不条理・戦争」など無意味です。 創造的な仕事(使命)を持つことが、人間の人間たる存在意義なのです。 |