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第四百八十七話 正しい二元論=三元論 未熟な知性とは、歪んだ二元論である「好いとこ取りの相対一元論」に外ならない。 つまり、 知性の罪的側面です。 成熟した知性とは、正しい二元論である「二元要因を超えた三元論」に外ならない。 つまり、 知性の功的側面です。 結局の処、 一元論の歪んだ映像が、歪んだ二元論である「好いとこ取りの相対一元論」に外ならない。 一元論の歪んだ映像が、知性の罪的側面である「好いとこ取りの相対一元論」に外ならない。 一元論の正しい映像が、正しい二元論である「二元要因を超えた三元論」に外ならない。 一元論の正しい映像が、知性の功的側面である「二元要因を超えた三元論」に外ならない。 実在するのは、飽くまで一元です。 実在するのは、飽くまで無知一元です。 無知一元が、「二元論の世界」、「映像の世界」では、知性の功罪として表象しているだけのことです。 従って、 知性の功的側面こそが、「二元要因を超えた三元論」に外ならないのです。 逆に言えば、 知性の罪的側面こそが、「好いとこ取りの相対一元論」に外ならないのです。 |