第七章 超常識

「警察まで、そんな状態ではこの国は破滅するしかない」
遼太郎が珍しく怒りを露にした。
「あそこの警察は昔から、とかく黒い噂の多いところだった」
宮司の忠雄が言うと、末(すえ)婆さんが感慨深げに話し出した。
「そうじゃな、だけど立派な人もいなさった。個人の問題じゃとわしは思うがのう。この村の土地の値段がバブルで急に上がり、みんなが成金の金持ちになったとき、暴力団の不動産屋がたくさん、ここいらの土地を狙ってやって来た。ここの土地も狙われたが、そのとき守ってくれたのは、あそこの警察所長だった。あれは勇気のある立派な警察官じゃった」
老夫婦が10数年前のことを思い出していた。
月に一度はみんなで会って、四郎の報告を聞くことになっていた。
神社の本殿で、全員が白い装束を着て、横一列にすわって会話をする、その姿は異様な光景だった。誰もいない祭壇の円鏡に向かってしゃべるのだが、四郎には国常立命、遼太郎には須佐之男命、老夫婦には大国主命、宮司の忠雄には彦火明命が常時のりうつっているのだから、まさに国津神の超大物が一同に会するのである。
それぞれの喋り方も、個性があり、口を動かしているのは遼太郎であっても、しゃべっているのは須佐之男なのだ。
しかも、天津神の大物もこの集まりには呼ばれている。
天御中主を筆頭に、天照、天孫降臨伝説の瓊々杵命(ニニギノミコト)、初代神武天皇である神倭伊波礼彦(カムヤマトイワレヒコ)たち、今まで表の世界を支配していた神々が、国常立の命令で呼ばれ、こんなひどい国にした責任を反省させられているのだ。
「天照よ、そなたの血を引いた、瓊々杵や伊波礼彦がつくったこの国の体たらくは何と心得おるか」
四郎の口から国常立が喋る。
「国常立よ、そう天照を責めてくれるな。この天御中主が至らなかったのじゃ」四郎の口から今度は、天御中主が喋る。
「何故、天照を女子(おなご)にしたのか、天照は女子(おなご)でないことは、そなたがよく知っておるではないか。それが原因で、この国は奇妙な国になってしまって、今でもこの国の女子(おなご)は、おかしなことばかりしておる。これからわしがお仕置きする人間の大半は女子(おなご)じゃ」
「たしかに、国常立の言う通りじゃ。それは天御中主も認めておる。いったい、いつから天照が女子(おなご)になったのか、わしにもわからぬ。須佐之男と天照が天津神と国津神に分かれたとき、ふたりを代表して天照国照天火明命(アマテルクニテルアマホアカリミコト)と名づけたのじゃ。ふたりは実は同じであったのを天津神に天照、国津神に須佐之男としただけで、この地上の決まりに則して表と裏にしなければならなかった。人間にとって表と裏が男子(おのこ)と女子(おなご)であったために天照が女子(おなご)になってしまったのであろう」
「では、地上の決まりに則れば表が男子(おのこ)で、裏が女子(おなご)ではないか。それを、女子(おなご)を表にし、男子(おのこ)を裏にしたのが、この国が最初に犯した間違いじゃ。その間違いが、こんなとんでもない国になっておる原因じゃ」
「わかっておる。わかっておる。だから、国常立にこのたびは、すべて任せておるではないか。もう、そんなに怒るでない」
四郎は、ひとりで喋っている。それを横でみんなが厳粛に聞いているのだ。
「この天照が間違っていたのじゃ。天照が太陽の神になり、須佐之男が地球の神になり、月読命(ツキヨミノミコト)が月の神としたことは決して間違ってはいなかったのじゃが、その太陽の神を女子(おなご)にした。これはまったく理に適わぬ話じゃ。月読が女子(おなご)になるべきだったのじゃが、月読の出番がまだなかったために、天照が女子(おなご)になりすまし、月読を馬鹿げたことに、兎(うさぎ)にしてしまった。この天照の子孫が天皇(スメラミコト)と名乗って、この国を支配してきた。国常立さまが、彼らを、お仕置きされるのは仕方ないことじゃ」
天照が遼太郎の口を借りて喋っている。
「そうじゃ。そもそも、この須佐之男がこの地上を支配する神であるべきだったのを、天照がでしゃばった為に、こんな国になってしまったのじゃが、それはこの須佐之男の責任でもある。このたび、国常立さまがじきじき、お出ましになって、国のどんでん返しを為されるのに、須佐之男は、力をお貸ししなければならぬ」
今度は須佐之男が遼太郎の口を借りて喋った。
「大国主は何をすればいいのじゃ」爺さんが喋ると、「まったく、お前は相変わらず呑気な神じゃのう。そんな調子だから、瓊々杵や伊波礼彦に国を獲られるのじゃ。そして大国主の国譲りなどと綺麗事を言われて喜んでおる。いい加減にせい!」
国常立が四郎の口を借りて怒った。
「国常立さま。そんなに大国主を怒らずに。この瓊々杵や伊波礼彦も大いに責任を感じております。しかし、この日の本の国をここまで堕落させたのは、とにかく藤原一族です。この一族の亡霊から、日の本の民を解放してやらない限り、この国はもう駄目です。このたび、国常立さまが、この亡霊をすべて大掃除なさるのですから、表も裏もなしに、力をお貸ししなければならないと思っております」
瓊々杵と伊波礼彦が、春義(はるよし)爺さんの口を借りて喋った。
この会話を、宮司の忠雄は全部書き残した。
「それでは、国常立さまの活躍を陰ながら応援いたします」と一斉に言って、四郎、遼太郎、春義(はるよし)爺さん、末(すえ)婆さんが目を開けた。
「みなさん、今の出来事を憶えておられますか」
忠雄が訊くと、全員、よく憶えていると答えた。
「どうやら、今までの常識を全部どんでん返ししないと、この国を救うことは難しいようですね」
遼太郎が言った。
遼太郎は哲学を勉強してきただけに、今の会話の奥深くにある真理がよく理解出来ていた。
「藤原一族の亡霊から日本人を解放することが永年の日本の重要課題です」
と話す遼太郎に、春義(はるよし)爺さんが訊ねた。
「それは、どういう意味じゃ。藤原一族など、もういないのではないのか」
四郎はそれに答えて言った。
「いや、白い溝鼠どもがまさに藤原一族の亡霊です」
末(すえ)婆さんが驚いた様子で、「そうか、藤原一族の魂は今でも厳然と存在しておるのじゃな」と言った。
「デビルの使命は、藤原一族の亡霊から、日本人を解放してやることだったんですね」
遼太郎が確信したように強い口調で言った。
「今までの、この国の常識をすべて破壊しなければなりません。これからデビルがやることは、今までの常識から考えたら、とんでもないことです。しかし、それぐらいの荒療治をしない限り、この国を建て直すことは出来ません」
四郎は口を引き締めて言い切った。
「常識を超えることです」