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第二章 鬼の掟 十七ヶ条 四郎は、国常立の指導を受けて3ヶ月間で鬼のルールを清水山で纏め上げた。 その量は膨大なもので、生身の人間が3ヶ月足らずで書きあげられるはずがなく、神がかりとしか考えられないと賢治たちは驚嘆していた。 毎日、午後の数時間だけを、この作業に費やしていたことはみんな知っていたが、纏め上げたものは、六法全書に匹敵するほどの内容と量であり、何の資料も参考にせず、湧いてくるままに書き上げただけだ。 そして毎晩、みんなに披露し、意見を訊いたが、あまりに完璧すぎて、みんなは感心するだけであった。 特に、鬼の掟・十七条のくだりを聞かされたときは、唖然とするだけだった。 その十七条とは。 第一条 凡そ、人間といえども他の生物と変わりなく地上に生かされているものであることを認識し、他の生物と共存する精神を失わないこと 第二条 凡そ、人間といえども男(雄)と女(雌)から生まれたるものなら、それぞれの特性をよく認識し、その特性を逸脱しないようにすること 第三条 凡そ、人間として地上に生かされている限り、地上を傷つけるようなことのないこと 第四条 凡そ、人間は地上で最も多き生き物であるから、それなりの多き責任を有することを忘れないこと 第五条 凡そ、人間は最も高き知性を持つ生き物であるから、他の生き物に対して大いなる慈悲の心を持って接すること 第六条 凡そ、人間だけが、すべて生あるものは死から免れないことを、教えられそれを知る福音を与えられたことに感謝すること 第七条 凡そ、人間といえども天の意思なく生を受けられるものでないことを知るならば、生を得た悦びに感謝し、その意義を生あるうちに知るべく努力すること 第八条 凡そ、人間として生命を維持する上での他の生物の殺生以外は、いかなる微細な生物といえども殺生は許されるべき行為でないことを肝に銘じ守ること 第九条 凡そ、人間が守るべき道理は、人間だけに通じる道理であってはならないこと 第十条 凡そ、人間が同じ人間と争うことは自然の道理に合わして為すこと、人間の道理だけで争うことのないこと 第十一条 凡そ、人間といえども不条理なことを他の生き物に為すならば、天から不条理な罰を必ず受けることを肝に銘じておくこと 第十二条 凡そ、人間が冒す最も深き罪は公正を欠く行為であることを決して忘れぬこと 第十三条 凡そ、人間として最も高貴なる行為は勇気の発露であることを忘れぬこと 第十四条 凡そ、人間として最も低劣な行為は弱きものを虐待することであり、それを為す者には、峻烈な罰が与えられることを忘れぬこと 第十五条 凡そ、人間という生き物は腕力極めて弱き生き物であるからして、人間同士の間で、暴力を行使する者には、倍の同じ暴力を以って罰を与えられることを忘れぬこと 第十六条 凡そ、人間といえども天と地の間で存在するものであるからして、天と地の掟を第一とするべし 第十七条 凡そ、人間といえども天と地の間を吹き抜ける砂塵のごとし、砂塵にどこへ行くかを決める資格なし、よって人間が人間の掟を決めること能わず、掟を決めるのは天と地の間を吹き抜ける鬼神のみ この鬼の掟を根幹にして四郎は、膨大な法典を書きあげた。 各条の精神レベルを、人間レベルではなく一旦宇宙レベルで書き上げ、それを地球レベルに収斂し、その中の一生物として見た人間の守るべきルール(掟)として、体系化したものであるから、人間すべてに適応されるルールになっている。 ところが、現実の人間世界では、それぞれの国に憲法があり、法律があって、みんな違う。こんなばかげた話はない。 アフリカのライオンとインドの虎とでは獲物を獲るルールが違うと言っているようなものだ。ライオンや虎が聞いたら、人間という動物は変わった動物だと言って物笑いの種にするだろう。 彼らは生まれたときから、本能として彼らの掟を知っている。生まれたてのライオンでも、虎でも、ハイエナでも掟を本能的に知って守っている。 知らないのは人間だけで、しかも科学が発達して傲慢になった人間ほど知らない。いや、知らないのではなく忘れていくのだ。 四郎の鬼の掟・十七条は、それを思い出させるものだ。 『この掟・十七条をすべての人間の頭に叩き込まなければならない。問題は、その方法だ。現代の若者は、国家意識を喪失してしまっているから、憲法や法律と言っても、まったく関心を持っていない。タレントの誰がどうだとか、ブランドのなにがどうだとか、それでいて、やたら経済観念だけはしっかりしている。肉体は若くても、精神は老いさらばえた化け物になってしまっている。精神がそうなると、肉体も必然、相応したものになっていくから、彼らの容貌を見ていると、新鮮さがまったく感じられない。今の老人には、明治憲法や、教育勅語を空読み出来る人が多い。やはり叩き込まれたのだろうが、それだけ国家意識を持っていた時代であったのだろう』 如何にして、現代日本人に叩き込むかを思索していると、結局荒療治しかないという結論に達した。 国家意識を持った時代というのは、国家が危機状態にあった時代だ。つまり戦争していた時代である。それが戦後60年で完全に平和ぼけしてしまった。敗戦直後は、物質的に困窮していたために緊張感があったが、高度経済成長が始まった東京オリンピック以後、平和ぼけ病にかかり、バブルとその破裂で脳死状態になってしまった。 そういった状況下で生まれ育った青少年だから、脳がおかしくなるのも当たり前で、まともな若者を探す方が極めて難しい。 バブル破裂後、15年になるが、日本の状態はどんどん悪化する一方だ。しかも時間をかけてじわじわと悪くなってきただけに、認識が希薄な慢性の病気になった患者と同じだから、性質が悪い。 慢性病になったら、時間をかけて治すか、思いきった手術をするか、選択はこのうちのひとつしかない、しかも早急に選択しなければ手遅れになり、じっと死を待つしかないことになってしまう。 「国常立さまが出てこられ、デビルに自らなられたのじゃから、手術するしかないのじゃろう」 末(すえ)婆さんが言った。 「そうじゃろうな。わしら年寄りは、じっくり治して欲しいと思うのじゃが、無理じゃろうな」 春義(はるよし)爺さんも言う。 「ある意味で、今の若者は、我々敗戦直後に生まれた世代の子供たちだから、我々に大きな責任があるとも言えます」横から遼太郎が言った。 3ヶ月ぶりに家に戻った四郎は、清水山で書きあげた『鬼の掟』をみんなに報告したのだ。 「それにしても、よくこれだけのものを書きあげましたね」 忠雄は感心するばかりであった。 この『鬼の掟』を如何に、現代日本人の頭に叩き込むか、議論百出していると、 『初心を忘れるな!』 四郎がデビルになって叫んだ。 『やはり、国常立さまは厳しいのう』 大国主が末(すえ)婆さんの口から発すると、『わしも、厳しいとよく言われるが、国常立さまほどではない』と遼太郎が須佐之男になって、溜息をついた。 『何を寝言言っておるか。目を覚ませ』と国常立が言う。 さすが、みんな黙ってしまった。 「デビルは、やはり鬼の掟に従って、行動するだけです。たとえ、その結果、この世が修羅場になろうが、地獄の世界になろうが、それがデビルの運命です」四郎が口を引き締めて言った。 「これから、この国は大騒動になるでしょうね」 宮司の忠雄が、玄関から見える竹林を眺めながら呟いた。 |