第六章 臍の下の怖さ

日本列島が地球の臍であるとすると、朝鮮半島はちょうど臍の下にあたる。
太古の時代から深い因縁のある関係だった。
地球が誕生したときは、一面、海だったのが、地球内部のマグマが活発化し始めて、最初にマグマが隆起して海面上に出たのが日本列島だった。陸の誕生である。そして、それに引っ張られるようにユーラシア大陸が長い時間を経て誕生したのだが、最初に海面上に現れたのが朝鮮半島だった。
一面、海原の地球上に日本列島と朝鮮半島だけが、群島のようにポツンと存在した時代があったのだ。
そして、そこから陸上生物が誕生していった。数百万年前の原人、数十万年前の人類の誕生も、すべて日本列島から誕生したのである。そして朝鮮半島へと広がっていくのが陸上生物の分布の型になっていたのである。
だから日本人と朝鮮人とは、その後いろいろな人種が誕生する中で一番古い兄弟人種であり、常に交流があった関係だけに、いろいろなしがらみの歴史も最も多かった。
骨肉の争いが一番汚いと言うが、日本人と朝鮮人との関係も一番汚い骨肉の争いの歴史であった。
特に朝鮮半島の北部−昔の高麗、高句麗−との関係がより深かった。現在の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に住む民族であるが、日本人が朝鮮半島に最初に移動した地がこの地域であったため、極めて近い関係になり、北朝鮮に住む人種は、南朝鮮に住む人種より、原日本人に近い人種であった。
その後人種の交流があって、純粋性はなくなっていったが、現在に至っても、日本人と北朝鮮人は最も血の濃い人種であるのだ。
在日韓国人が関西方面に多く、しかも北朝鮮から来た人たちが多いのは、隠岐を経由して出雲の地に入り、日本の中心だった大和へと移動して来たからだ。
セイギの話でも、北朝鮮の人たちは、南朝鮮の人たちより、日本人に対して特別の感情を持っていると言う。それだけ血の濃さがお互いを意識させるのだ。
第三次世界大戦が起こる火種として、可能性が最も高いのが、中東のイスラエルとアラブの紛争、そして南北朝鮮の関係と言われている。
結局、骨肉の争いなのだ。イスラエル人とアラブ人は同じセム系人種である。そしてそのセム系人種のルーツが原日本人であり、朝鮮人であるのだ。
もし、朝鮮半島が火種になるなら、それは南北朝鮮の争いではなく、北朝鮮と日本の紛争になる可能性の方が遥かに大きい。
国常立は、そのことを良く知っていたのだ。
儒教の精神が強く残っている北朝鮮の人たちにとっては、今の堕落しきった日本人は、同じ人種だけに、許せないのだとセイギは言っていた。
2007年7月17日、北朝鮮から北京経由でセイギが帰って来た。
その日に、北朝鮮から一発のミサイルが日本の鹿児島と宮崎の間にある高千穂の地に撃ち込まれた。原爆は搭載されていなかったし、高千穂峰だったから、犠牲者はなかったが、日本中がパニック状態に陥った。
日本政府は、北朝鮮政府に抗議し、国連総会及び常任理事会にも訴えた。
しかし、世界の反応は日本に冷たかった。
飽くまで北朝鮮と日本との問題だから両者の間で解決するべきというのが、国連の、すなわちアメリカの結論であった。
事実上、日米安保条約の反古である。
『自分の国の防衛は自分でやれ』と世界から撥ね付けられたのだ。
更に、百万を超える北朝鮮の軍隊が大船団で日本海を南下したという情報が日本中に広がった。
この時、この国の主権が国民でないことが遂に露見した。この情報が広がったのは、テレビ、新聞といったマスコミからではなかった。一般のハムグループが無線をキャッチして、日本中のハム仲間に伝え、そこから口コミで日本中に流れたのだ。
しかし、マスコミは一切、この情報を公開しなかった。立法・行政・司法という権力機構がマスコミとグルになって情報規制をしたのだ。
『60年前の戦争のときと、この国は何も変わっていない』
四郎もデビルも怒りを抑え切れなかった。
それに輪をかけたのが、一般国民の反応であった。国外逃亡の流れが怒涛のごとく始まったのである。
「四郎ちゃん。いや、デビル。どうするんや?このまま上陸させるんか?一旦上陸させたら、もう止められへんで。そうなったら、この国は地獄になるで。ええんか?」
セイギはデビルに、心配そうな顔をして訊いた。
「上陸させてかまへん。東京へ上陸させてえや」
セイギもさすがにデビルの恐ろしさに戦慄した。
百万の軍隊は、飢えた狼そのものだ。東京のような町を今まで見たこともない。その飢えた狼が、豊饒そのものの町を自由に出来るとなったら、司令官が何と言おうと抑えが利かない。
東京には、自衛隊と米軍基地がある。米軍は多分、高みの見物をするだろう。問題は自衛隊だ。当然、政府は出動命令を出すだろうが、いざ、本当の殺し合いになったら、どれだけの強さを発揮出来るか疑問だ。世界は、固唾を飲んで情勢を見つめていた。
7月30日、百万の船団は千葉の九十九里浜沖に姿を現した。
普通なら、自衛隊の空爆部隊が、領域侵害したところで、スクランブルして、それでも領域を出なければ、攻撃すればいいのだが、自衛隊は動く気配がない。
それは、政府が出動命令を出さないからだ。
国会で、憲法第九条に違反する行為だと言う議員が過半数を超えてしまったためである。
それから3日後、百万の軍隊は九十九里浜に、戦車部隊で上陸した。
そして、8月15日、皮肉にも太平洋戦争の敗戦日である日に、東京都内に戦車部隊はなだれ込み首相官邸および霞ヶ関のすべての官庁を占拠した。
市谷の自衛隊本部は為されるままで、当初は総理の出動命令が出ないとの理由で沈黙を保っていたが、占拠した戦車部隊が市谷の自衛隊本部に行進したとの情報を聞くや、幕僚幹部が我先にと辞意表明をして敵前逃亡してしまった。
完全に丸裸状態になった東京は無法地帯に変貌した。
最も多くの警察官によって監視させ、メインの道路には100メートル置きに警察官が立っている異様な光景の東京は、世界で一番治安のいい都市だと言われていた。それを自慢していた当局という名の国家権力が、砂上の楼閣のように崩れて、あれだけいた警察官がどこに消えてしまったのか、まったく姿が見えない。
獣の世界になると、法律や地位など何の役にも立たない。
「もう、この辺で撤退させた方がええで!デビル!」
セイギが我慢しきれずに叫んだ。
「いや、火傷を負わせへんと意味ない。そやないと、ただの脅しと思いよって、事態はもっと悪うなるのが、人間の性や」
デビルは徹底している。それは国常立の性格から来ている。
「火傷を負わせるいうても、誰をやらせるんや?」
セイギは分かっていながらも聞いてみた。
「一番、真面目で無責任な連中や」
「もっと悪い奴らいっぱいおるんやないか。なんで、そんな弱い奴らをいじめるねん」
セイギが持ち前の性格で興奮して言った。
「セイギ。世の中を悪(わる)うしとるのは、この真面目な弱い奴らやで。悪(わる)をしてる奴らは、ある意味では、乗せられてるだけや。その証拠に悪(わる)は最後には、この連中によって抹殺されるんや。もう10年以上前やったかなあ、サリン事件を起こしよった連中をそそのかしたあの教祖も、何の罪もない人らを犠牲にしよってと責められとるが、実はあのとき、地下鉄に乗ってた真面目な連中が、一番世の中を悪うしとるんやと思うとったんかも知れへんで。火傷を負わせるのは、そういう連中が一番もってこいや」
デビルはニタッと笑った。
セイギは仕方なく、軍団司令官に連絡をした。
3日間、百万の軍団は新宿、渋谷、霞ヶ関の官庁、丸の内のオフィス街、そして本郷にある大学を徹底的に壊滅した。
特に、新宿、渋谷の無法地帯に戦車で入り込み、無法者の巣窟は完全に廃墟と化してしまった。
「やっぱり、四郎ちゃんやなあ。ちゃんと、真面目な奴ら言うても、それなりにお仕置きをせなあかん奴らを選んでるわ。大したもんや」
「まあ、これで、能天気の連中もちょっとは目が覚めたやろ。セイギ、悪いけど、彼らを引かしてくれへんか。充分、戦利品は手に入れたやろ」
「そうやな。これ以上やったら、世界の目が変わってくるやろから、ええ引きどきやなあ」セイギは軍団司令官に連絡して、3日で九十九里浜沖の船団に百万の戦車部隊を戻させ、あっという間に撤退してしまった。
日本のマスコミは、それまで沈黙を保っていたが、その後一斉に、北朝鮮に対し非難の記事を掲載した。
『北朝鮮の百万の軍団、東京で略奪、暴行、やりたい放題の暴挙!』と言った見だしの記事だった。
しかし、世界のマスコミは、今回の行動の目的をきっちりと把握していた。
『百万の軍隊、日本を一喝! 見事なお仕置き!』と言う記事が、ほとんどだった。
これでは、日本政府も手の打ちようがなかった。逆に、国家権力を行使して、国民を奴隷化してきた、支配者層の実態が暴露された形になってしまった。
有事になった際、まったく国家としての機能を発揮できない国であることを、日本国民は現実に自覚した。しかも、その責任は国民ひとりひとりにあることも認識した。
一方、北朝鮮は、その後大きく変化していき、世界の一員として門戸を開いていった。
「デビル。いや、やっぱり四郎ちゃん言うのが俺には一番ええわ。ほんまに、大したもんや。おかげで俺の国も世界の孤児から、仲間の一員に入れることが出来たわ、おおきに!」
セイギは本当に感激していた。
『さあ、いよいよ国の建て直しだ。そろそろ賢治の出番が来た』
デビルは、もう次のことに思いを馳せていた。