第七章 天皇と国家元首

新憲法成立に基づいて、不在の国家元首の代理として、天皇が新憲法の公布、及び施行を発令した。
そして、即時、総選挙と国家元首の国民投票が5月5日に行われることになった。
そして、国家元首の任命、各国務大臣の任命が為された後、日本国軍は自衛隊を基本にして、22才以上の日本国男子の徴兵を行い、現自衛隊と随時入れ替えていくことになった。
徴兵期間は3年とし、その後は本人の意志で除隊も出来るし、そのまま居座って幹部を目指すことも出来る。
これによって、日本国軍の数は陸軍、海軍、空軍合わせて5百万を超える、世界でも屈指の大軍になる。
しかも、海空軍の保有する戦略施設は最新空母10艦隊を中心に戦略爆撃機2千機、戦略ミサイルが短距離、中距離、大陸間弾道ミサイル、合わせて1万基。
アメリカ、中国を凌ぐ大軍を誇る国家となるのだ。
5月3日に総理大臣以下内閣総辞職、国会解散が実行された。
5月5日、国家元首の国民投票、国会議員の総選挙が行われる。
立候補者は5月4日に表明し、その日は全国すべてのテレビ局が、番組を立候補者の紹介と演説放送だけに絞った。
『天皇が名実ともに国家元首になるのが最適だ。そのためには天皇に選挙に出馬してもらわなければならない』
5月3日遅く、デビルはマイヤーに連絡をとった。
「あなたは、天皇にすぐ会えることが出来ますか?」とデビルが尋ねた。
「突然どうしたんですか?お会いすることは出来ますが」とマイヤーは答えた。
「天皇に国家元首の選挙に立候補して頂きたいのです」とデビルが言うと、
「それなら、デビルさま。何故、新憲法で天皇の位置づけを明言されているのですか?天皇は、前憲法の『天皇は象徴である』精神を守りつつ、日本国民の純粋な信頼に応える天皇の良心が、国家元首の暴走のブレーキ役になる。こんな素晴らしい憲法はないとわたしは思っているのです。新憲法は前の憲法のいい点は踏襲されて、問題になるところは改正する、いわゆる前憲法のマイナーチェンジであるところが素晴らしいと思います。世界の歴史を見ても、憲法が変わるときは、革命的大異変が起きたときですから、前の憲法を全面否定するものです。あなたのされてきたことは革命的なことです。しかし憲法を全面否定されていない。これは、あなたが新しい独裁者にならないことを表明されていることに他ならないのです。歴史上、初めての試みだとわたしは密かに期待しているのです。どんな素晴らしいものでも、年数を重ねると金属疲労を起こし、結局陳腐化していきます。永遠に新鮮なものは、この地球上、いや宇宙世界においてもないと思います。今度の憲法も必ず制度疲労を起こすときが来るでしょう。しかし、わたしの考える限り、今までの中で一番制度疲労を防ぐことの出来る最善のも
のだと言えるのではないでしょうか」 マイヤーの憲法の理解度に感激したデビルは目から鱗が落ちる思いだった。
「そうでしたね。あなたの言われる通りです。わたしの焦りから生じた発想でした。申し訳ありませんでした」デビルは素直にマイヤーの意見を受け入れた。
「デビルさまの、一番いいところが、その素直さだと思います。あなたのような超人であれば、どんな人間でも、つい傲慢さが頭をもたげてくるものです。あなたの焦りは、国家元首に値する人間が、現実にいないと思っておられるからでしょう。本当は、あなたのような素直な方が国家元首になられるのが一番よいとわたしは思っています。しかし、あなたは絶対にそれは受けられない。それも分かっています。わたしは思うのですが、明日どんな人間が国家元首に立候補するか静観していればいいのではないでしょうか。それから考えても遅くないと思います」
デビルも生身の人間だったのだ。焦りもする、怖いものもある。
『それで、いいのだ。お前は絶対なる神ではない。この国常立も絶対ではない。間違いだらけであった。その男の言っておることが正しい。よく、人の話しを聞くことじゃ。鬼神になるときだけは独りでなければならぬがのう』
国常立がデビルに囁いた。
『以前、天皇にいつか会わねばならぬときが来る、と言われたのが今回のような気がしたのです』とデビルが囁くと、
『今はまだその時期ではない。しかし必ず、お前は天皇に会うときがやって来る。それはこの国常立が天皇に会わなければならない理由があるからだ。その理由は、まだお前に言う時期ではない』
デビルはマイヤーに言った。
『今、国常立が、あなたの言うことが正しいと、自分の胸に囁きました』
「あなたと国常立さまはいつも、そういった会話をされているのですか?」
マイヤーがデビルに尋ねた。
『自分自身想うことが国常立の想うこともあるし、今のようにお互い囁きの会話をすることもある、また国常立が直接口開きすることもあります』とデビルは素直に答えた。理由は分からないが、この老人に対すると、かつて8年前の竹林で、初めて国常立が四郎に憑かったとき、今は義理の両親になっている垣内老夫婦だけには素直になれた気分と、同じ質のものだった。
しかし、将来この老人がデビルにとって重要な人物になっていくとは、デビルは予想もつかなかった。
しかし、マイヤーは、そのとき何かを予感していた。
『この方の素直さ、真直さは鬼神と言うよりも、まさに神そのものだ』
「一度、わたしの東京の家に来て下さい。是非とも、お会い頂きたい方がおられます」とマイヤーはデビルに言って電話を切った。
翌日、新憲法に沿っての国家元首及び国会議員の立候補者がテレビで紹介された。
デビルの存在の大きさに、従来の政治家連中も余程の政治理念をしっかり持っている者以外は、恐ろしくて立候補するどころではなかった。己の命がまず大事だと考えていれば、下手に立候補すれば、デビルからどんなお仕置きを受けるかも分からないという恐怖感があるからだ。
その中で、己の命を賭しても国のために、という熱い想いの政治家だけが立候補して来た。
マイヤーの言う通りだった。従来の政治家の中にも、たとえ世襲議員であっても、立派な者もいる。そういう政治家は、堂々と地盤のない他の県から立候補して来た。
その中で世襲議員ながら、現在の日本の政治家で一番国民に分かりやすく、単刀直入な政策を展開している政治家がいた。
マイヤーから電話がかかってきた。
「今日、清水高史という政治家が総理大臣に立候補します。競争相手は前政府与党の中村三郎という政治家との一騎打ちになると思います。お互い、大胆な言動で押しの強い政治家ですが中味は月とスッポンの差があります。月の方の清水高史氏に会ってみますか」と言う。
「どちらの方が優勢なのですか?」とデビルが訊くと、中村の方だと答えた。
「それじゃ、駄目じゃないですか。どうして中村が優勢なのですか?」
「中村は大衆受けする発言を言う。清水は大衆に対して苦言を言う。その差です」
「まだ、大衆は懲りないのでしょうか?」
「これは、人間の性の問題で、どうにもならない問題だと思います。だからお会いになりますか、と訊いたのです」
デビルはマイヤーの言っていることがまだ理解出来なかった。
「今日の午後4時から清水高史の立候補演説がテレビで放映されます。それまでに、お会いになられるのが良いかと思います」マイヤーのその言葉で趣旨が分かった。
「清水高史を当選させることが国家のためになるということですね」デビルは言った。
マイヤーは黙っていた。
「彼が総理大臣になってから、会ってもいいんじゃないですか。まず総理大臣になることが先決だと思いますが?」とデビルが言うと、
「お察しのいいことで」とマイヤーは言って電話を切った。
午前中のテレビ放送で、各地の住民にインタビューがされていた。
「総理大臣は誰がいいと思いますか?」「わたしは、中村さんが良いと思います。あの方の言っていることが実現したら、わたしたち国民はとても豊かな生活が出来るような気がします」
こういったインタビュー場面が大半だった。そこへデビルが仕掛けた罠が爆発した。
インタビューアーとそれに答えた住民がテレビの生放送の中で、一瞬に首をはねられた場面が全国に流れた。
デビルからの『まだ懲りずに、こんな、じゃらじゃらしたことを言ってると、こうなるんだ』というメッセージだった。
これで流れは、がらっと変わった。
午後3時に締め切った投票は、即時開票され、総理大臣は清水高史が圧倒的多数で選ばれた。また50万票以上獲得して国会議員に選出されたのは、たった80人だった。
総理大臣に選出された清水高史は、マイヤーの仲介でデビルに会うことになった。
マイヤーと清水とはかなり深いつき合いのようであった。
「あなたがデビルさんですか。清水高史です。あなたが嫌う世襲議員だった男です。今度晴れて他の県から議員として立候補して幸い当選いたしました。世襲議員に対するあなたの考えは尤もだと思います。今度の選挙で、元世襲議員で当選したのはたった2人で188人いた世襲議員のほとんどは消えていきました。当然の結果だと思います。その当選した2人の世襲議員がわたしと総理大臣のポストを争った中村さんだと言うのも皮肉なものです」
新総理になった清水が話すのを聞いていたデビルは、誠実な人物だという印象を持った。
「あなたとマイヤーさんとは長いおつき合いのようですね」
デビルが一歩踏み込んだ質問をした。
「ええ、もう父の時代からです。父はもう亡くなりましたので今はマイヤーさんが親父のような気持ちでおります」率直な返事だった。
「マイヤーさんが、いつもあなたの事を話しされるんですが、まるで神さまのように思っておられるようです。ねえ、マイヤーさん?」
清水はマイヤーに向かって微笑んだ。
「とんでもない。今や国家元首のあなたから親扱いされるなんて。だがデビルさまは、わたしが今まで会った人物の中で際立った方です。あなたは国家元首になられましたが、デビルさまの存在を常に忘れることのない様にして頂きたいと思って、お会いして頂いた次第です」マイヤーがふたりに恐縮しながら言った姿勢は真摯そのものだった。
「今晩、陛下とお会いになられるのですね」
デビルが清水に訊ねた。
「あなたが作られた憲法に従って、陛下とお互いの誓約書を交わすことになっています。陛下が国民の代表として、わたしに国家元首の任命をされます。わたしは陛下に、国家元首の代行権を授与いたします。わたしが国家元首に値しないと判断されたら、即時に代行権を行使し国民に不信任投票の号令をおかけになる権限をお持ちになります。これは国家元首が大きな権限を以って政治的決断が出来るとともに、国家元首の独裁化を防ぐ素晴らしい方法だと思います。国民・天皇・国家元首が正三角形の関係になっていて、お互いに良い意味で牽制し合い、切磋琢磨できる、本当に素晴らしいものです。しかも、きっちり任務を果たしていれば7年間国家元首としてじっくり使命を遂行することが出来ます。これだけの時間を与えられれば、腰を落ち着けて仕事に専念でき、役人に頼ることもない。他の国務大臣も同じですから、役人も大臣や議員を馬鹿にすることもなくなると思います。年に2回も3回も大臣が替わっていたら仕事なんて出来るはずがありませんからね。しかも、国家元首になったわたしでも、少しでも気を抜くと年一回の国民信任・不信任投票で罷免されますから、一所懸命お国のため
に馬車馬のごとく働かなければなりません。余程の使命感を持って命を張る覚悟がないと出来ない仕事です。まさに聖職とは、そういったものだと思います」 清水の話を聞いて、デビルは自分の、と言うより国常立の意図が、清水には通じていると確信した。
「お話を聞いて、感激しました。どうかこの国のためにがんばって下さい」デビルは清水に頭を下げた。
デビルのこの態度に清水もマイヤーもびっくりした。
鬼神の異名を持つデビルが子供のような素直さで頭を下げることなど思いもよらなかったのだ。
帰路、デビルはマイヤーに言った。
「あなたの言った通りでした。立派な国家元首になられると思います。天皇と国家元首のあるべき関係を理解されていました。ありがとうございました」