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第四章 新しい使命 2017年3月31日、四郎は今朝も奥の院に足を運んだ。 冬子が産まれてから、時折、連れて行くこともあったが、まだ2才そこそこでは、京屋は大門のすぐ傍にあり、高野の町の正反対側にある奥の院までは歩いて1時間はかかる距離で、毎日というわけにはいかなかった。 それでも冬子は毎朝行きたがった。 『やはり、普通の女の子ではないな』と四郎は内心思っていた。 京子も察していたようだが口には決して出さなかった。 いつものように、入り口の処にある鳥居の前で、お辞儀をして、橋を渡って奥の院に入って行った。 奥の院までは、およそ1kmはある。まわりは戦国の英雄武将の墓碑が左右に堂々と安置されており、豊臣家、徳川家の墓碑などは、その広さもさることながら、当時の権勢を彷彿させるものだったが、意外なことは織田家の墓碑が、それらに比べて見劣りする一方、薩摩家、毛利家の墓碑は豊臣・徳川家に匹敵する立派さで、四郎は、史実に表れていない何か隠されているものを感じた。 今朝、冬子を連れずに一人で来たのは、胸騒ぎがしたからで、冬子に異変があっては、との配慮からだった。 奥の院の前で、地面に直接、正座をして座禅を組むのが日課で、奥の院の住職も四郎のことは承知で、毎朝の挨拶を交わすだけで、余計な会話は一切しない。 禅定に入ると、胸騒ぎがした通り、腹部の丹田が痙攣する。 今までは、胸の辺りで囁きが聞こえてくるのに、今回は腹部が痙攣するのだ。 為すが侭に目を瞑り、禅定に入っていると、痙攣の振動が音になり、音が言葉となって聞こえてきた。 『デビルよ、わしは空海だ。明朝、お前の子をここに連れて参れ。その時にその子を加護してくれるお方が、その子に直接伝える。わしが、その子を指導するわけではない。これからは、わしが国常立命殿と共に、お前を指導していくことになった。国常立命殿は、悪を懲らしめることばかりに腐心される神だが、わしは逆に善を勧める方に腐心する者だ。だから敢えて神にならず仏のままでいる。わしは、その昔、長安に勉学に行った時、大日如来の位を授かった。大日如来は仏の最高位にあり、神になって人間の世界と別の世界に入るということをせずに、人間の世界で共に四苦八苦を経験しながら、人間を導こうとした。釈尊やイエスもそうした人たちだ。そういう人たちに、わしは共感した。 そして、1300年ぶりにこの世の者と交信することになった相手が、デビル、お前なのだ。明朝、お前の子、そして、その子を加護するお方と共に語ろう』 空海は高野山を開いた仏教僧だが、唐の長安に留学していた時、景教と出会い、帰国してから、平安京を建設した山城に住む秦一族と急速に親密になった。 秦一族は、中国からの渡来人で、景教を日本に持ち込んだ。空海は、秦一族の援助を受けて、出身地の四国で洪水に苦しむ農民の為に治水工事をして農民を救ったことで有名だが、四国を治めていた長曾我部氏が秦一族だったことも関係している。秦一族は昔から、養蚕技術の他に治水工事・川堰工事技術を持っていた技能集団であったからだ。 それ以外に、芸能の源である能樂にも力を入れ、能の開祖、観阿弥・世阿弥親子も秦一族から援助を受けている。 いわば、平安京が建設されてからの、日本の経済、文化は秦一族なくして語れないほどの影響力を持っていたと言っていい。そして二つのまつりごと、すなわち政治と祭祀は聖徳太子の時代までは秦川勝によって掌握されていたが、ライバルの物部を倒した蘇我一族が、聖徳太子があまりにも景教徒の秦氏に肩入れしたことから、聖徳太子を暗殺し、その一族をも滅ぼしたのだ。川勝は幡州に移り住み、蘇我一族の攻撃を避け、祭政には手を出さなくなった。 平安時代になって秦一族は経済活動に専念し、全国に一族を分散させ、多くの支族を生んだ。四国の長曾我部、薩摩の島津などはその支族だ。 空海も、この秦一族の援助を受けた一人で、高野山を開く時も、もちろん朝廷の許しを得たが、実際に高野の山を切り開いたのは秦一族だ。 奥の院には、今でも景教の碑が建ててあるのがその証拠で、イエス、秦一族、空海、高野山は一連の関係があるのだ。 「デビル様は、イエスが復活した現代の救世主です」と、マイヤーに言われたのも、こういった歴史的背景があったからだ。 大門で四郎に地球意識アーシーが降臨したのも、みんな関係があったのだ。 今、四郎が高野の町で平和な暮らしをしているのも、そういったことから見ても無縁ではなかった。 そして、今度は空海が四郎に交信してきたのである。 四郎は冬子を加護してくれる方が誰であるか察しはついていた。 翌朝、冬子を連れて、奥の院に入って行ったら、住職が待っていた。 「おはようございます」といつもの挨拶だけで済ますつもりの四郎だったが、住職の方から話しかけてきた。 「本日、2017年4月1日は記念すべき日であります。やっと日本の真の指導者が千四百年ぶりに帰ってこられます。今朝は、わたくしもお手伝いさせて頂きます」 さすがに、住職からそう言われて四郎も緊張した。 奥の院の中にまで入ることを許され、四郎と冬子は住職に案内されて上がった。 今日のために用意されたのか、仏前には変わった飾りがしてあり、およそ仏教の風情とはまったく違うものだった。 「どうぞ、ここにお子様と並んでお座り下さい」と言って住職は横向きに座った。 四郎が座ると、まだ2才ばかりの冬子だが、神妙な顔をして正座している。 『この子は、何かを感じているのだ』と四郎は思った。 仏壇の最上段に、あった二つの位牌が、がたがたと揺れた。その音は数分の経過が数時間にも感じられたほどに静寂を破った。 そしてその位牌が二人の前に落ちた瞬間、二人の人物が現れた。 それは、まさに実在する人物の姿だった。 四郎は、目の錯覚だと最初は思ったが、冬子が一人の人物の処へ抱きつきに行ったら、その人物が冬子を抱き上げたのを見て驚いた。 『肉体を持った実在の人間だ!』と思いつつも、その二人が誰であるかは分かっていた。 『デビルよ。我々が誰であるか分かるであろう』ともう一人の人物に質問されて四郎は答えた。 『はい。あなたは空海様で、冬子を抱かれているお方は聖徳太子様です』 『その通りである。さすがデビルわかっておったようだな』 空海に四郎は答えた。 『はい、このお方を置いて、一体この国の将来を託せる方が他におられるでしょうか。わたしは、昨日、あなた様から伺った時にそう思いました』 『デビルよ。わしは聖徳太子と呼ばれているようだが、そのような名前は、わしの記憶にはない。豊聡耳皇子(とよとみみのみこ)や上宮皇子(うえのみや)とも呼ばれているようだが、それも記憶にない。記憶にあるのは、子供の頃から厩戸皇子(うまやどのみこ)と言われていただけである。 わしは仏教をこの国に導入した元祖のように言われておるが、それは間違いである。仏教を広めようとしたのは蘇我であって、それまでの神道派物部に対抗するために馬子が工作しただけのことである。 もちろん、仏教の教えもよいところがあって、わしも受け入れたが、釈尊は、わしの境遇と似ていて、貧しい者の気持ちが体で理解出来ていない。人間も動物である限り、食べて生きてゆかなければならない。これが基本だ。釈尊もわしも、この基本を生まれた時から与えられていた。これが民の心を知る上での致命傷であった。だから釈尊の教えは深遠で知的ではあるが、凡夫には到底理解出来るものではない。だがイエスは民の心をよく知っていた。そして民に理解出来る言葉で教えを説いた。わしも、空海も、イエスの教えを忠実に伝えようとした景教に心を惹かれた。しかし、イエスの教えは、支配者にとっては都合の悪いものばかりで、イエスも教えを始めてから3年で十字架に架けられた。わしのような皇太子の立場でも暗殺され、家族も皆殺しの目に遭った。空海はそれを解っていたから密教という形で表に出ようとしなかった。 人間世界は、正しいことを表に出しては生きてゆけないようになっておる。これは、今後も人間が存在する限り、変わることはないであろう。空海はさすが天才である。わしなど正しい政事をしようなどと、愚かなことをした結果、家族まで皆殺しの目に遭った。すべてわしの責任である。人間という動物は弱き動物であるが故に、徒党を組まなければ生きてゆけない草食動物であることを認識しておかなければならない。 正義を貫くためには力が要る。人間は本質的に正義を貫くことの出来ない動物である。まだ猿の方が、その点においては人間より正義感は強い。獅子を見てみよ、正義感の塊のような生き物である。特に雄の獅子はまさに正義の使者である。 デビルよ、お前は国を相手に出来るほどの強さを持ったが故に正義の心も強くなった。しかし人間は腕力の代わりに知性という武器を持った狡猾極まりない動物だ。お前も肉体ある限り、いつかその力は弱ってくる。その時を狡猾な人間は待っておる。わしも、力が弱ってきた途端、暗殺されてしまった。同じ過ちを繰り返さないために、わしは、この子が狡猾な人間どもを平伏させることの出来るような知恵ある人間にしてみたい。しかし、それには時間がかかる。それまでは、お前が、わしの先祖である国常立命様と、知性豊かな空海の助けを借りて、強き、選ばれたる者が、弱き狡猾な人間から抹殺されないよう守ってやって欲しい。わしは、この子を立派な人間に育て、イエスのような勇気と釈尊のような良き知性を持った人間に導いてゆきたいと思っておる』 奥の院で恨みの叫びをする魂が、かくも多い理由を、四郎は更に解ったような気がした。 |