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昭和時代(1926−1989) ベトナム戦争 二十世紀における人間の欲望とエゴイズムの相克が最も顕著にあらわれたのがベトナム戦争でしょう。 この戦争は冷戦の局地戦という展開だけではすまされない欧米帝国主義のエゴイズムが極大に露呈されたものであります。 人間はイデオロギーやフィロソフィーで生きているのではない。パンと水があれば生きることが出来る。それが幸福の原点であります。 特に当時の東南アジアは戦後やっと欧米諸国の植民地支配から解放された直後で、植民地支配されている時期は一部の人間が支配国の手先となってワインとステーキに酔いしれ、どこそこのパリとか言われた歪な国だったのです。 当時のベトナムの首都サイゴンは東南アジアのパリと呼ばれていたし、ベイルートも中東のパリと言われていた。よほどパリが先進国にとっては誇りの町らしい。 グエン・カオキ一族がパリ社交界にデビューしている一方で一般ベトナム市民は極貧生活を強いられていたのです。 植民地支配から解放された直後は支配国の支援がなくなるから経済状態は一段と悪くなるのが当然であります。 植民地支配は麻薬中毒になった被支配国と麻薬業者の支配国の関係と同じで、中国の英国とのアヘン戦争がそれを顕著に物語っています。 アヘンを与えて中毒患者にする。そして言うことを聞かなければアヘンを与えない。 中毒患者は仕方なく言うことを聞く。そしてどんどんエスカレートして行く。最後は廃人であります。 東南アジア諸国はほとんどアヘン中毒患者に欧米帝国主義諸国によってされたのです。 ベトナム戦争はその中毒から抜け出そうとしたベトナム国民が禁断症状の苦しさを覚悟してベトコンゲリラを生み出したため、アメリカは泥沼に沈んでいったのです。 麻薬に犯される側にも弱さという責任はあるが、麻薬を売って金儲けする奴がやはり一番悪いのは当然です。 天という警察当局がアメリカという麻薬業者に罰を与えたのです。 イギリスも中国を麻薬患者にして大英帝国の没落という形で天罰をくらった。 ただ、麻薬患者になった方にも責任があったことを認識しなければならないのに、戦後五十年以上経過しても、自己の責任認識が見られない。 DNAに組み込まれてしまったように、いまだに支配国に対するコンプレックスを持っている。その反動が日本に対する反発、反感となって残っている。 飼犬が飼い主に恩を一生忘れないかの如く、いまだに欧米優位思考から抜け出られないでいる。 ベトナムがその麻薬中毒から死を賭して抜け出すことに成功したのに、冷戦の終わりでまたもや中毒患者に逆戻りしそうな雰囲気です。中国もこのままいけば再度アヘン患者になる。それをアメリカは狙っているとしか思えない。 アジア諸国でアヘン患者にならなかったのは日本とタイだけであります。 二十世紀に味わったこの恐ろしい誘惑を二十一世紀にまで引きずってはならないと思うのであります。 |