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時刻:2023年3月26日午前0時 近頃すごく感じるのですが、お父さんがどんどん変化しているのです。 「鬼神」を書いている所為でしょうか、体が透明になって行くような感じがしてなりません。 わたしの父のことで恐縮ですが、心が無くなって行くと、体が透明になって行くのでしょうか。 「心が透明になるのも、二つの正反対の道があるんだ、冬子。黒く濁った透明さと、真っ白な透明さと二つね。よく憶えておくんだ。だから心が透明になるだけで良いというものではない。真っ白く透明にならないとね」 お父さんが言いました。 冬子は意味がよくわかりません。 「冬子は、お父さんの体がどう見えるんだ?」 「真っ白な透明さよ」 わたしは正直に答えました。 「いつ頃から透明に見えるようになったかね?」 よく考えてみると、ずっと前から、記憶が始まった時から、お父さんの体が透明に見えていたことを思い出しました。 「もうずっと前から、そうだった」 お父さんに、そう言うと、「だけど、前は黒い濁った色だっただろう?」と言われて、ちょっと迷ったのですが、正直に言いました。 「うん、そう。前は黒く濁った色ばかりで、すごく怖かった」 「今はどうだい?」 わたしは明るい表情で答えました。 「今は真っ白で、全然お父さんのこと怖くない」 そこで、お父さんの言いたいことがやっとわかりました。 怒りをたくさん持つと、体は確かに透明になっていくけど、黒い濁った色が却って見えるんです。 あの頃のお父さんは、怒りの塊のような人だったからでしょう。 今のお父さんは、世の中にたくさんいる変な人に対しても怒らないんです。 「可哀想に」と言うだけです。 だって、そういった変な人は、必ず地獄に落ちているんです。 だから、「可哀想に」と言うんです。 変な人と出遭っても怒らないこと。 変な人は可哀想な人なんですから、怒らずに、好きになってあげることが大切なんですね。 みなさんそうでしょう。 |