Chapter 10 時間とは時と時の間の四次元世界

時間とは人間が定義した言葉であり、朝から次の朝までを一日として、太陽の周りを一周するのを一年とした中で、その長さを一定間隔で刻んだのを時間と定義したと、お話しました。
刻んだ切り口と次に刻んだ切り口の間が時間の空間として現れてくるわけです。
刻んだ切り口を時と言うのであって、次の切り口である時との間の長さを時間と言うのです。
従って、時と時間というのは次元の違うものであって、時は三次元空間を表す要素でありますが、時間というのは四次元世界を表す要素であるのです。
例えば3時間世界と言えば、3時間の間をすべて現わした四次元世界になるわけです。
ここで、人間が大きな過ちを犯していることに気がつかれたでしょうか。
我々宇宙の一部として存在するものは、実は四次元世界にいることを意味しているのですが、当の人間は三次元世界でしか生きていないのです。
それは時間に対する認識が正しくされていないからであります。
我々は日頃、時間と言っておりますが、実は時を意識しておるだけで、時間を意識していないのです。
すなわち、今ここしか認識出来ないのは、刻む時しか意識していないからで、刻む時と時の間の時間を意識すれば、時空の四次元世界に存在出来るのです。いや存在はしているのですが、存在していることを認識していないのであります。
存在していることを認識することを実在若しくは実存と、哲学者は言っておるわけです。
本来は時空の世界に存在しているのですから、悩みとか苦労などは在りようが無いのです。
原因と経過と結果が一挙に目の前に現れるのですから、何も過去のことや未来のことを思い悩む必要がないのです。
それを宗教では、あの世とか、天国や地獄だと言って、いま存在する世界と区分けしておるのですが、とんでもないことです。
あの世や、この世なんてあるはずがない。
あるのは、時の間の四次元世界だけなのです。
お釈迦さんは、それを色即是空、空即是色と言ったのです。
仏教の開祖のお釈迦さんは、決して神の存在や、あの世、この世なんて言ってはおりません。
死んだらすべてお終いと言っているのです。
だから輪廻転生なんてものも在り得ない。
しかし、この世で輪廻転生は在るのです。
それが、時間の問題であります。
ある時間のこの世と、別の時間のこの世とでは、四次元世界の模様が違うのですから、変わるわけです。
しかし、時間は円運動しているから、最後には帰結する、だから輪廻と、お釈迦さんは言ったわけで、梵語で輪廻のことをReelaと言うのですが、これが英語になって、輪のことをReelと言うわけです。
回る時間の繰り返し、それを輪廻転生と言うのであって、生きているうちに努力すると、死んだあと、生まれ変わってくる時は、より良い人生が待っているなんて詐欺まがいのことを宗教は言っておるから、おかしくなるのです。
時間というものを、もっと理解することが大切だと思います。