Chapter 21 あなたの時間・わたしの時間

ここでお話することは、非常に大切なことですから、充分に理解して頂きたいと思います。
わたしが強調したいテーマの一つである、宗教における神の概念についてであります。
現存する、あらゆる宗教には必ず、神の概念がまずあって、そしてその神の啓示を受けた、と称する教祖さまが、現人神(あらひとがみ)的存在となって教団の頂点に立ち、ピラミッド型組織を構成しています。
従って、宗教イコール組織体となるわけです。
わたしは、神とは人間がつくった概念である限り、その概念は個人個人違うものであると考えています。
従って、教団共通の神というようなものは有り得ないわけで、宗教というものは、個人個人の宗教であって、組織・団体の宗教・神などは、人間一人一人がみんな違うのと同じで、有り得ないのです。
共産主義思想では、宗教・神の概念は完全否定されましたが、ある一面では正しかったと、わたしは今でも考えております。
ただ宗教の本質を理解していなかった点が、共産主義思想世界を崩壊させた原因ではなかったかと思っています。
今でも、その正しい一面を信じているからこそ、実質崩壊した共産主義社会の国で、未だに共産党が存在し、共産党が第一党を維持出来ているのではないでしょうか。
中国などは、依然共産党支配でありながら、中国社会主義市場経済などと訳の分からない言葉を使っているわけです。
共産主義社会が崩壊した最大の原因は、共産党一党独裁になったからであり、この構造は教祖を頂点にした宗教組織と何ら変わらないのです。
天皇、皇帝、国王、大統領と実質同じ権力、いやそれ以上の権力を持つ者の名称が書記長となっただけで、平等と言いつつ大衆を支配していた点が自己矛盾をつくってしまったのです。
平等を第一義とする共産主義であるなら、まず組織より個人重視を第一義としなければならないはずです。
わたしは、ライオンと虎の生き様の違いが、個人重視か、組織重視かの違いを象徴しているように思うのです。
虎は集団生活をせず、交尾時期の時だけ雄と雌がくっつき合い、それが終わったら、また離れて独り生活に戻ります。母虎も子虎が独り立ち出来るまでは面倒を見ますが、その後は、それぞれ独自の道を歩んでいきます。
一方、ライオンは、集団を構成し、雄ライオンの中から突出したのがボスとなってハーレムを構成していきます。ボスライオン以外の雄ライオンは、その集団から出ていって自らの集団をつくるか、それともボスライオンに従って集団に留まるか、どちらかの道しかないのです。
しかし従っている雄ライオンも、心の中では、「今に見ておれ、必ずいつか、俺が今のボスをやっつけてボスになってやる」と虎視眈々と狙っておるのです。
だからボス争いに敗れた他の大人の雄ライオンたちは追放処分されるが、まだ子供の域を超えない雄ライオンたちは集団に残っているのです。
そして、いずれ彼らの中からボスライオンと戦う雄ライオンが必ず出てくるのです。
人間社会を、じっくり観察しますと、ライオン社会と何ら変わりないとわたしは思うのです。
結局は、民主主義だといくら標榜しても、ボスライオン支配のハーレム社会であるのです。
日本の高級官僚組織は、まさにそれを地で行ったものではないでしょうか。
同期の中の一人が最高位の事務次官になったら、他の同期の者たちは全員退官する慣習などは、まったくライオンのハーレム社会そのものです。
共産主義国家イコール官僚国家となったのが崩壊の最大原因であったのは、平等と標榜しながら、結局ハーレム社会を構成してしまったからであります。
クレムリンなどはハーレムの典型だった。
これでは、自己矛盾を起こしてしまうのは当然です。
共産主義思想は、ライオン社会ではなく、虎社会が基本であった点に気づかなかったのが間違いの源であります。
もし、虎社会すなわち個人尊重の中での平等社会が構築されていたら、ライオン型社会つまり資本主義社会の方が先に崩壊していたでしょう。
かつてはインド地域にもライオンは生息していたのですが、虎との戦いに敗れて、西へと西へと追いやられてアフリカに棲むようになったのです。
何故ライオンが虎に敗れたのか。
ここからが本題に入るのですが、一見組織は個人より強固だと思われがちでありますが、実は逆なのです。
偉大なボスの下の組織は確かに強力ですが、残念ながら、そんな偉大なボスは滅多に出現しません。これは生物学的観点からも、統計学的見地からも、極めて珍しいケースであるのです。
ボスらしいボスよりも、どっちもどっちといった程度のボスの方が遥かに多いのです。
人間社会もそうだと思われないでしょうか。
傑出したボスなど、百年単位で一人出現したらいいところではないでしょうか。
平凡なボスの下の組織は脆いのが、その特性であります。
理由は結束力が弱いからで、逆に言えば組織がばらばらになる危険性が極めて高いのです。
結局、内輪喧嘩になって内部崩壊の道を辿るのです。
一方、虎社会は組織ではなく個人ですから、内輪もめは有り得ない。
裏切りもなければ、情報洩れもない。
決めたことは即行動出来る。
一方、敵は大組織である故、内輪もめして、裏切り行為氾濫のつけ込む隙だらけの組織で攻め易い。結果個人の方が勝つ確率が高くなるのです。
何故、そんなことになるのか。
結局、自分が一番大事な上に、価値観がみんな違うものだから、鉄壁の組織を構築することはほぼ不可能であるのです。
不可能なものを可能なように見せかけても、所詮空しい行為です。
実は、みんな違うのではなく、人間はみんな同じなのですが価値観が違う。
その価値観の違いは、それぞれの持つ時間の観念が違うからです。
あなたが持っている時間の観念と、わたしの持っている時間の観念がまったく違うのです。
それは、神の観念がそれぞれまったく違うのに通ずるのです。
それを無理やり、一つに収斂させようとするのが宗教であるわけです。
あなたには、あなただけの時間・神がいる、そしてわたしは、わたしだけの時間・神がいるのです。