Chapter 24 体内時計

毎日、繰り返し同じことをしていますと、体がそのリズムを憶えてしまいます。
それを体内時計と言います。
あなたは体内時計を持っておられるでしょうか?
「いや、そんなものは無くても、時計一個あれば、それで事足りるではないか」と言われる方こそ、気の毒な人間ではないでしょうか。
人間がつくった時計は、人間だけの為の時計であって、地球すべてに対応出来る時計ではないのです。
動物はみんな体内時計を持っていますから、時計を見なくても、散歩の時間がきたら準備OKの状態になるし、食事の時間がくると、主人が時間の観念が無くても、主人に、「もうすぐ食事の時間ですよ」と合図を送ります。
これは一体どういうメカニズムになっているのでしょうか。
「神はすぐ傍」という題で、「神とは時間のこと」をいろいろな切り口で、お話しをしていますが、まさに自分の体の中に神はいるのです。
「体内時計」こそが、あなたの神なのです。
わたしは、毎朝執筆しているのですが、当初は午前5時に起きて大体7時ぐらいまで執筆して7時頃から、ベッドの上でストレッチ体操(自疆術というものですが、これも体内時計と連動しています)をして、それから外へ日課の運動に出て行くものでした。
そうしますと、朝5時に目が覚めると、ベッドの横に置いてある時計が5:00ジャストを示しているのです。
ところが、その後、午前3時に起きて執筆活動をするようになると、目が覚めると、時計が3:00ジャストを示しているのです。
不思議と言えば不思議ではありますが、これこそが「自分の神はすぐ傍」にいてくれている証明だと、わたしは確信しています。
では、どうして自分の体内時計のぜんまい−古い時計式に言ってしまいましたが、実はここにも大事な点があるので、敢えて電池と言わずにぜんまいと言いました−を巻くことが出来るのかが大切なポイントになってきます。
すべての物質に、それなりの体内時計が具わっているのです。
地球上の物質は、地球の体内時計をみんな持っています。
人間もすべて、地球の体内時計を持っています。
然しながら、ほとんどの人間がせっかく持っている体内時計のぜんまいを巻いていないから、時計が作動していないのです。
ぜんまいは一度巻くだけでは、充分ではありませんね。
ある一定期間経過すると、再び巻いてやらないと駄目ですね。
しかもきっちり最後まで巻いてやらないと駄目です。
きっちり最後まで巻かないと、途中で時計は止まってしまいます。
それが、日常生活を規則正しくして、決めたことを必ず継続することに他ならないのです。
どこかの宗教団体に行くのも、何もやらないよりはましですが、そこには危険な要因が待ち受けているので、出来れば自分の体内時計という「自分の神」といつも対面することが、一番安全かつ確かだと思うのです。
「規則正しく、継続することに、生きている実感を持つ」生き方こそが、「神はすぐ傍」にいて貰える最善の方法だと思うのですが、みなさん如何でしょうか。