Chapter 28 時間の矢

時間というものは、過去から現在を通り過ぎて未来に向かっているのが当然だと、みなさんは考えておられるでしょう。
この現在を通り過ぎると言う点においては、まったく異なった時間の概念がありまして、このことはまた話しをするとして、時間の進む方向、つまり時間の矢は、常に過去から未来に向かっているものと考えられています。
過去のことは思い出すことができますが、未来のことを思い出すわけにはいきません。
しかし、すでに過去となった事象の中での時間の矢の向きを変えることは可能であることはお解りでしょう。
あなたがビデオフィルムを撮り、それを再生することがよくありますね。
そのビデオフィルムを再生させながら巻き戻しをすると、たとえば、あなたが鳥のように飛んでいる姿を見ることができます。
高い処から、あなたが飛び降りたのをビデオフィルムに撮ります。
飛び降りるのは、地球に重力があるから、りんごがりんごの木から落ちるのと同様、あなたが鳥でなくても可能です。
そのビデオフィルムを再生しながら巻き戻しすると、あなたは飛び降りた地点から飛び降りる地点に飛び上がる場面が映し出されます。
まさしく、あなたは鳥のように空中を飛んでいるのです。
これは時間の進む向きを後退させているからであります。
それでは、時間の矢は常に前進するしかないのでしょうか、そこにスポットライトを当てたのがアインシュタインであって、光の速度を超えるものは存在しないと主張したのです。
もし光の速度を超えることができるなら、時間の矢は後退することも可能になるからです。
現実に、あなたが借金地獄に陥ったとしましょう。
そうすると、あなたは光よりも速い乗り物に乗ることによって、時間の矢の方向を後退させることが出来、未来のことを憶えていて、過去のことは憶えていない事象世界に入るのです。
そして近い未来に暴騰する株式の銘柄を思い出したら、また光よりも速い乗り物で戻って来て、その株式を思いきり買えば、あなたの借金地獄は必ず近い将来解決されることは間違いありません。
そうなったら、人間の不安、悩み、恐怖などはなくなることでしょう。
では、時間の矢は、やはり前進するしかないのでしょうか。
イギリスのホーキング博士は、時間の矢についてこう論及しています。
『時間の矢は時間に方向を与え、過去と未来を区別するもので、三つの矢がある。
第一はニュートンの熱力学第二法則である、エントロピーの法則に基づく時間の矢がある。
「エネルギーの総量は一定、ただその位置が移動するだけ」という熱力学第一法則を受けて、「しかし移動したエネルギーは使用不可能なエントロピーという無秩序なエネルギーに変わる」。
つまり時間の矢は、使用可能な秩序ある状態から、使用不可能な無秩序な状態に常に向いている。
第二の時間の矢は、人間の持つ心理的な時間の矢で、時間の経過方向、つまり過去は憶えているが、未来は憶えていない、という時間の方向。
なぜ人間は、過去を憶えていて、未来は憶えていないという時間の方向しか無いのか、そこに第一番目のエントロピーの法則が強く働いた結果、二つの時間の矢の方向がいつも同じであるのです。
秩序から無秩序に向かう、過去から未来に向かう二つの時間の矢。
そして第三の時間の矢は、宇宙は常に膨張しているという時間の矢。
宇宙の始まりであるビッグバン以来、宇宙は膨張し続けている。
神が創造した宇宙は、始まりが秩序あるもので、時間の経過と共に無秩序な状態になっていくものであり、膨張とは秩序から無秩序への変化と言わなければならない。
聖書にある黙示録の世紀末思想は、それを示しているのかもしれない』
ホーキング博士は、こう論及していたのですが、この一、二年前に、素粒子の一つであるニュートリノに質量があることが日本で立証されました。
この立証は何を意味するかと申しますと、宇宙は永遠に膨張し続けているのではなく、膨張と収縮を繰り返しているということであるのです。
そうしますと、三つの時間の矢の中で、常に同じ方向であった、エントロピーの時間の矢と心理的な時間の矢の方向も、時には逆になるかもしれないのです。
わたしの申したいことは、人間の心理に働く時間の矢は、今まで過去から未来への前進方向だけだと考えていたことを、考え直さなければならなくなったということなのです。
これは、神の本質的概念とされていた、「すべてのものは常に時間と共に調和・発展する」に反するわけです。
時間に対する概念には、線的な考え、つまり永遠に進むだけという考え方と、円運動的な考え、つまり繰り返しては回帰するという考えが両立していましたが、どうやら円運動の、繰り返しては元に回帰するという考え方に軍配があがりそうに思うのです。