Chapter 3  空間というケーキを切るナイフ

宇宙の時空間の中の地球という場所を、時間というナイフが毎瞬切っているのが、我々が住んでいる世界であることについて、もう少しお話をしたいと思います。
時間というナイフが休むことなく、空間を刻んでいるということは、時間の合間はどうなっているでしょうか。
我々人間が定義した時間の刻みは秒までで、それ以後はナノ秒(10億分の1秒)のように秒を刻むだけになっているわけです。
そこで光がアナログ的波動体と捉えるか、デジタル的光子体と捉えるかで、今から100年近く前にハイゼンベルグという学者が、光は時には波動になり、時には光子体になるということを発見して、不確定性原理というものを発表しました。
同じように時間というものも、時にはアナログ的であり、時にはデジタル的になる。その違いは状況によって変わってくるという不確定性を持っているのではないでしょうか。
それでは時間がアナログ的というのは、どういうことでしょうか。
アナログ的ということは、連続的ということですから、そこには相関関係があるということです。すなわち水平的に時間を刻んでいるわけで、過去から未来へ、若しくは未来から過去へと水平展開しているのです。
我々地球上の世界は、過去から未来へと水平展開されていますが、地球の反物質の世界では未来から過去へと水平展開されているのです。
一方、デジタル的ということは、非連続的ということですから、相関関係がまったくない。瞬間瞬間しかないわけです。これこそ現在という概念の意味するものなのです。
そうしますと、水平展開せずに垂直展開せざるを得なくなるわけで、必然的に時空間というケーキにナイフを入れて、外からでは見えなかったケーキの中身(すなわち断面)が見えてくるのです。
過去や未来に囚われて生きるということは、自分というユニークなケーキにナイフを入れずに外側だけをあっちに行ったり、こっちに来たりしてうろうろしているだけで、ケーキの中身もわからず、味わうことも出来ない世界であるわけです。
ところが、現在に生ききると、ケーキの中身がわかって、そのケーキの味わい方を知るわけです。
時間をアナログ的に捉えるか、デジタル的に捉えるかは、あなた次第であり、時間はどちらにも対応してくれるのです。
アナログ的が良い場合も時にはあるかも知れません。
デジタル的が悪い場合も時にはあるかも知れません。
どちらが良い悪いの問題ではなく、どちらでも時間は対応してくれるということを認識することが大切ではないでしょうか。
光が波動体だけならば、ガラスを通って光は入ってくることはありません。光子体だから、ガラスを構成している分子構造物の隙間をぬって入ってくるから窓ガラスを閉めていても部屋は明るさを保つことが出来るのです。
光が光子体だけならば、ガラス窓を通って、カーテンも通って部屋の中に入ってくるでしょう。それならカーテンの意味はないわけですが、光がその時波動体になっているから、光が遮断されるわけです。
すなわち、そこにいる人間が、どうあって欲しいかに合わせて、光はアナログ的になったり、デジタル的になったりする便利なものなのです。
実は時間も同じであって、あなたが、こうあって欲しいと思った通りに時間は対応してくれるのです。
時間とは、かくも慈悲深いものであるのです。