Chapter 4  夢の中の時間

あなたは夢を毎晩見ますね。
いや自分は熟睡して夢は見ないと言う人は脳味噌の腐っている人です。
夢を見たくないなら、一生眠らないようにするしか方法はありません−実際には目が醒めている時も夢を見ている−。
わたしは、別の本で夢を見ないようにする方法を書きました。
覚醒状態になる為の方法論も書きました。
一種の悟りの状態になるための方法論も書きました。
しかし生身の体で生きている限り、実現することは不可能だと思います。
それなら何故そんな本を書くのかと言われるでしょう。
実現は不可能ですが、限りなく近づくことが出来る。そこまでです。
その方法論を書いたのです。
生身の人間の欲していることは安心による自由であります。
何十億の人間が宗教に頼っている−帰依していると言わないと彼らから叱責されるかも知れませんが−のは、ひとえに安心を欲しているのです。
安心の境地の本質は、安心の極地に至った状態−すなわち完全に安心な状態、禅では安心立命と言っております−ではなく、より安心な状態に向かっている過程であるのです。
完全な状態など無いのですが、仮に完全な安心状態に達したとしても、その途端に新たな不安が起こってくるのが人間の心理のメカニズムであります。
だから、実現は不可能ですが、極力近づく努力をすることが大切なわけです。
従って、間違っても、わたしの本に書いてあることを実践して、夢を見なくなったとか、夢を見ていることを意識することが出来るようになったなどと思わないで頂きたいのです。
要は、ものは考え方だと言っておるだけで、考え方の多様性を説明しておるだけであります。
わたしなどは、いま夢を見るのを楽しみにしております。
夢を見ている時は、現実離れしたシーンが現れてきて、わくわくしております−いや、これはちょっとオーバーな表現をしました。中にはうなされるような夢を見て全身汗だらけになっていることもあります−。
そういう夢の中から醒めたあと思うのですが、夢の中では、どうやら時間がデジタル的に存在していると思うのです。
現在から急に過去に飛んだり、未来から過去に飛んだりと様々です。
Chapter3でお話しましたように、時間がデジタル的な垂直状態の現在にいるからではないでしょうか。
過去やら未来への水平展開ならアナログ的でありますが、夢の中では明らかにデジタル的であります。
それなら、夢の中の方が遥かにリアルな世界にいると思うのです。
だからわくわくするのです。
どうやら、我々が普段目をさまして生きている状態というのはリアルでないバーチャルな世界かも知れません。
そうです。我々は生まれた時から、バーチャルゲームを楽しんでいるのです。
だから人生は楽しむものであって、人生は四苦八苦とか、苦悩の連続だから、その煩悩から解脱しなければならないと、顔を四角四面にしておる教祖さまには、お引き取り願った方が世の為だとは思いませんか。