Chapter 42 時間の始まりと終わり

アインシュタインが1915年に一般相対論で宇宙の始まりはビッグバンという無限大の密度を持つ状態からであると発表しました。
しかし彼の宇宙は、永遠に静止している宇宙モデルでした。
それを数年後に覆したのが天文学者であるハッブルで、遠くにある銀河の色が時間の経過と共に、より赤くなっていることを観測で発見したのです。すなわち宇宙は静止しているのではなくて膨張していると主張したのです。
理屈は実に簡単なことですが、遠い銀河ほどより赤くなっていくことを観測で発見したことがハッブルの功績であったのです。
中学の物理で学んだはずでありますが、ドップラー効果という言葉を聞いたことがあると思います。
「また、難しいことを言う奴だ」と言われるかもしれませんが、池の中に石を落とすと、落とした点を中心にして放射線状に波が広がっていくのを見たことがあるはずです。
放射線状に広がっていく波は外側になればなるほど大きな輪になっているはずです。
広がりの速度が増しているからです。これをドップラー効果と言うのです。
最近、自動車の速度違反者を捕まえるのに警察がスピードガンという装置を使っていますが、この装置はまさにドップラー効果を利用しているのです。
宇宙の膨張も同じ現象なのです。
それでは何故、赤色なのか。
人間が見える光の色は七色の可視光線で、一番波長の長いのが赤色です。
すなわち遠いところにある銀河ほど赤く見えるということは、池面の波が外側になればなるほど大きな輪になっている、つまり波長が長くなっているドップラー効果を示しているのです。
そういたしますと、池面の波がどんどん広がっていくのと同じで、宇宙もどんどん広がっていっているはずであります。
宇宙が膨張しているとハッブルが主張した理由がここにあります。
そしてアインシュタインの静止宇宙モデルが否定されることになります。
そこで登場したのが、ソ連の学者フリードマンでした。
彼はアインシュタインの一般相対論も、ハッブルの観測結果も、どちらも矛盾しない宇宙モデルを1922年に提唱しました。
最初に彼が提唱したモデルは、宇宙は膨張を続けるが、最大まで膨張すると、今度は収縮に転じ、最終的には崩壊するというものでした。
その理由は、宇宙に遍在する無数の物質の質量による重力が巨大な引力となって銀河同士引きつけ合い、最終的には、ビッグバンの時と同じ、無限大の密度の状態となって宇宙は崩壊するというものでした。
しかし、宇宙に存在する星の質量の総量を計算したら、収縮に反転するだけの重力にはなりきれないのです。
その後、フリードマンモデルは更に二つの可能性を他の学者によって提唱されましたが、宇宙天文学や物理学の講義をしているつもりはありませんので、結論だけを申しますと、フリードマン自身が提唱した、ビッグバンによって時空の宇宙は始まり、膨張し続け、今度は反転して収縮し続けビッグクランチによって宇宙は崩壊する説が、今やほぼ間違いないものとなりました。
その理由は、宇宙に見えない物質として遍在する素粒子の一種類であるニュートリノに質量があることが解ったからです。
これは20世紀最後の、最もエキサイティングな発見であり、それを解明したのが、我が国のスーパーカミオカンデです。
この解明が如何に世紀の一大事であったかは、時のクリントンアメリカ大統領が緊急会見で世界に発表し、その中で「この世紀の大発見をしたのは、残念ながら我がアメリカではなく日本においてであった」と口惜しく発表したのであります。
一般フリードマンモデルとされていた他の二つのモデルは、共に宇宙は膨張し続けるモデルであり、宇宙は果てのない無限のものであるという前提条件でありました
ところがニュートリノに質量があることで、宇宙には無限大に近い重力が在り、その重力で、宇宙の曲率は最終的には無限になって崩壊することがはっきりしたわけです。
宇宙を解り易くするために、宇宙を平べったい下敷きだと想像してください。
そしてその下敷きの上にパチンコの玉を置いてください。
質量の軽い玉なら、下敷きは少し曲がりますが、その玉を支えることができます。
更に重い玉なら、下敷きはもっとへこんで曲がります。
どんどん重い玉を置いていくと、とうとう下敷きは支えることが出来なくなって、穴をあけて、玉は落ちていきます。
下敷きがへこんで曲がるのが、宇宙という時空の世界でいえば、膨張していることに他ならないのです。
玉が重過ぎることがなければ、下敷きに穴をあけて落ちることは有り得ません。
この状態を二つの一般フリードマンモデルは示しているのです。
しかしフリードマンはニュートリノの存在は知らなくても、宇宙には、目に見えないが質量のある物質が存在することを信じていたのでしょうか。
ビッグバンで時空の世界は始まり、ビッグクランチで時空が終りを告げる宇宙があり、そこでは有限だが境界のない時空の世界が存在し、従って始まりであるビッグバンという特異点も、終りであるビッグクランチという特異点もないことが解ったのです。
果てのない宇宙ではなく果てのある宇宙で、ニュートンの物理学も、アインシュタインの相対論も、量子力学の不確定性原理も、すべての科学的法則が適応される宇宙が成立するのです。
そしてここが、本Chapterの主題である、特異点がない故に、時間の始まりと終りがある宇宙観が展開される時代に入ったのです。
時空の宇宙が、有限である境界のない世界、つまり特異点のない世界は、時間の始まりと終りが存在するわけです。
時間に始まりと終りがあるとするならば、我々人間の一生においても、時間の始まりと終りがあるはずです。
ビッグバンである時間の始まりは、オギャーと母親の胎内から産まれ落ちた時でしょう。
ビッグクランチである時間の終りは、肉体の機能が停止した時でしょう。
その間の人間の一生が、膨張から収縮の一回帰であるのですが、宇宙論では、ビッグクランチ−ある意味ではブラックホールになって星の死に至る−の後、落ちた穴から、別の宇宙へ飛び出して、また無限大の密度の銀河がビッグバンを起こす−ブラックホールに対してホワイトホールと言うのですが−までの通り道がある。それをベビーユニバース−ワームホールとも言いますが−と言います。
人間も、現世での一生をビッグバンからビッグクランチとするならば、時間の止まったビッグクランチの後、果たしてベビーユニバースを通って新しい宇宙での出口で再びビッグバンを起こすのでしょうか。
輪廻転生とは、このサイクルを言うのでしょうか。
とにかく、どうやら人間の一生にも時間の始まりと終りがあることは間違いないようです。
そうしますと、今までの宗教感はすべて覆されることになります。
時間は永遠で、神はその永遠の中に存在する。
そんな神は存在し得ないのであります。
自己の存在を証明してくれる、自己の時間の始まりと終りこそが、神であるべきだと思うのであります。