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Chapter 48 時間とエネルギー 時空とは、一次元の時間と、三次元の物体(空間)を以って示しているのですが、量子力学の不確定性原理では、粒子の運動、つまり、ある粒子の位置と方向と速度がニュートン力学やアインシュタインの相対論のように確定できず、あくまで確率を計算できるだけであると言っているのです。 つまり粒子の位置をできるだけ正確に決定しようとすると、その粒子の運動する方向と速度を確定する確率は逆に落ちていく。 粒子とは、三次元物体であります。 我々人間も、三次元物体であります。 つまり、我々人間の振るまいも確定できないのです。 そういたしますと、我々が存在する宇宙というものが、時空の四次元世界である限り、ニュートンが考えた時間の概念が一番適応力があると考えられるのです。 ニュートンが考えた宇宙は、あくまで三次元物体の世界であり、時間はそれら三次元物体が運動するための絶対的なものでした。 ただ絶対と言うと、何か我々とはかけ離れたもののように考えがちですが、そうではなくて、我々が存在する上の必須要因であるのです。 現に、我々は時間があるから生きておるわけで、時間が正確無比に存在してくれるから安心して生活できているのです。 無いものねだりの逆説と言いますか、息を考えてみても同じことが言えますが、どうも人間という生き物は、無限に与えられているものを粗末に扱う悪い癖があるようです。 しかし、今までにも何度かしました、熱力学第二法則で、エントロピーが時間と共に増大していくという話しを思い出して頂きたいのです。 息もそうですが、無限に与えられていると思っているエネルギーは、エントロピーつまり再使用不可能なエネルギーに変わってしまうことを忘れてはいけません。 エネルギーという点においては無限だとしても、使用できるエネルギーの量はどんどん減少していくのが宇宙、つまり時空四次元世界の法則なのです。 どうやら、時間を天敵のように無意識に扱う理由が見えてきたようです。 「昔は良かった」とお年寄りがしきりに郷愁の念を以って過去のことを懐かしく思う気持ちは、心理的な時間の矢が為せる技であるのですが、その根拠として、過去に秩序ある使用可能なエネルギーであったものが、今では使用不可能なゴミ屑になった故の思いでもあるのです。 時間も、刻一刻と使用不可能つまり元に戻ることが出来ない過去になっていっているのです。 そう考えますと、時間もエネルギーの一形態だと考えられるわけです。 もちろん、時間はエネルギーではありません。エネルギーとはアインシュタインの方程式でも示しているように物質ですから、時間が物質にはなり得ません。 しかし、エネルギーと同じメカニズムを持っているように思えます。 実は逆でありまして、時間のメカニズムがエネルギーにも適応されているのだと考えた方がいいでしょう。 時間という神が、人間にも神と同じメカニズムを与えてくれているのです。 それを間違ってはいけません。 |