Chapter 29 太陽と地球の間のあなた

日食と月食というのがあります。
日食とは、太陽と地球の間に月が一直線上(これを合と言います)に入り、その字の通り、太陽が月に食われて日中でありながら、徐々に暗くなる現象です。
学術的に申しますと、地球は太陽の百分の一の大きさ、月は地球の四分の一の大きさですから、月は太陽の四百分の一の大きさなのですが、地球から見た月と太陽はほぼ同じ大きさに見えます。これを視半径と申しまして、同じ大きさに見える太陽の軌道(黄道と言う)と、月の軌道(白道と言う)が約5度9分の傾きで交わっている。そして黄道と白道の交点付近で合を起すと、太陽と地球の間に月が入って太陽が隠れる、つまり日食を起すのです。
その経過はまず三日月ではなく、三日太陽になり、最終的には全部食われて真っ暗闇になるのが皆既日食です。
皆既日食はせいぜい8分以内ですが、日食としての総時間は1時間半です。
月食とは、太陽と月の間に地球が一直線上に入り、地球の影が月を食って、月がだんだん見えなくなって行く現象です。
完全に月が消えてしまうのを皆既月食といい、約1時間半、そんな状態が続きます。
太陽が欠けていくのが1時間半、月が欠けていくのが1時間半。
わたしは、ここから逞しい想像力を働かせるのですが、夕方に太陽が1時間半かけて欠けていく、朝に太陽が1時間半かけて顔を現してくると申しました。
太陽が出て来ると、月は非常に明るい星なので、昼間でも基本的には見え、月食の原理で三日月になったり満月になったりするのですが、月と太陽の位置関係で太陽の明るさで月は見えなくなるのがほとんどです。また、朔(さく)と言いまして、月全体が太陽光線を背後から受けて、地球から月が見えなくなる時がある。
夜になると月は三日月や半月や満月でくっきりと見えるのが普通ですが、朔の時刻(陰暦の一日)では夜でも月は見えません。
従って、朝の1時間半の間に太陽が顔を現すことは、月の立場からしたら、夜にくっきりと光っている月が、その姿を隠していく−実際には相対的に見えなくなったり、月食のように地球自身の影で隠れたり、太陽の光りを背後からまともに受ける朔の時も見えなくなる−ことと考えてもいいわけです。
そうしますと、朝は月食、夕方は日食を日々繰り返しているとも考えられるわけです。
太陽の満ち欠け、月の満ち欠け(朔望と言う)が朝と夕方に起こっている。
もちろん毎日が皆既日食ではないし、ましてや皆既月食は年に二、三回しか起こらないのですが、それは程度の問題であって、毎日の太陽、地球、月の位置関係で少なからず日食、月食が起こっているわけです。
その日々の日食、月食のターニングポイントが夕方であり朝の1時間半だと考えられるわけです。
太陽、地球、月の万有引力が最も影響し合う時間帯であると言えるでしょう。
地球と月という、太陽から見たら双子の星が手を繋ぎ合って回りながら(自転)太陽の周りを回っている(公転)。
それが最も実感出来るのが朝という月食、夕方という日食だと考えれば、我々は日々、太陽と地球(月)との間にいて、自転・公転を体で認識・知覚出来るのではないでしょうか。
走っている車の中で眠っていては、車の速度も走っていること自体もわかりません。
走っている車の中から窓越しに外の景色を真剣に見ていますと、外の景色が止まって見え、車の中にいる自分が走っていることに気がつきます。
実は、それが事実なのです。
その事実を見る為には、あなた自身が眠っていては無理であるし、その事実を知覚し易い時があり、それが朝と夕方だと思うのです。
いくら眠らずに、真剣に外の景色を見ていても、車の速度が、余りに速過ぎても、遅過ぎても、車の中の自分が走っている知覚が出来ません。
やはりそれなりの速度の時に知覚出来るのです。
それが朝であり夕方であると、わたしは感じるのです。