Chapter 43 存在し得ない質問

少しずつ五次元世界の姿が見えてきました。
線、平面、立体、時間、存在エネルギーがそれぞれの次元の要因であるのですが、ここで少し?と感じる方がいないでしょうか。
時間が四次元の要因である。
しかし、今までの次元の間の法則である(Nー1)次元はN次元の断面であるならば、四次元の要因は時間ではなく、立体に時間を加えた時空間としなければ成立しません。
従って、ここではっきりさせておかなければならないのは、次元の要因と次元世界とは同じではないということであります。
次元の要因とは、長さ、幅、高さ、時間という単位としての表現を使わなければなりません。
一方、次元世界とは、線、平面、立体、時空間という物としての表現をしなければならないわけです。
ここのところの違いを、今までは混同して使っていた嫌いがあったので、ここで明確にしておこうと思います。
確かに、わたしだけに限らず、一般的にも、次元の説明をする時に、線、平面、立体、時間という具合に思っていたのではないでしょうか。
「何を言っておるか!自分は最初からそんなことは百も承知であった」
と言われる方には、失礼なことを言ったと、ここでお詫びしなければなりません。
何故、ここでこんなこと言わなければならないかと申しますと、五次元世界のことを検証して行く上で、この点をはっきりさせておくことが大変重要であるからです。
存在エネルギーを五次元の要因と言い、五次元世界も存在エネルギーと言うのは矛盾している。
厳密に言えば、五次元の要因が存在エネルギーであり、五次元世界は、その存在エネルギーすべてを包含した絶対宇宙とするべきでしょう。
そうして初めて、絶対宇宙という五次元世界を、個々の存在(エネルギー)という五次元要因のナイフで切断した断面が、その個々の存在の四次元世界であるとするべきでしょう。
「いや、個々の存在とは、三次元世界の立体そのものではないのか?」
と疑問に思われる聡明な方もいらっしゃるでしょう。
しかし、五次元世界の個々の存在とは次元要因であって、三次元立体のような次元世界ではないのです。
従って、長さ、幅、高さ、時間、そして存在(エネルギー)が五次元までの各要因であり、線、平面、立体、時空間、そして絶対宇宙がそれぞれの次元世界であると考えなければなりません。
絶対宇宙とは、「神の自叙伝」改正編第三十六章(宇宙の誕生)で説明いたしましたが、もう一度ここに引用しておきたいと思います。
『第三十六章 宇宙の誕生
絶対宇宙という無(無限と言ってもよいし、時空のない世界と言ってもよい)の状態から、初めて全体宇宙という有限の世界が生まれたときに最初に生まれた物質が水素なのです。
水素は原子核一個に、そのまわりを回る電子も一個でできています。水素が全体宇宙に遍在していたのが最初の宇宙の状態だったのですが、水素と水素がぶつかって原子核のまわりを回る電子が二個になることで、原子核一個と電子二個のヘリウムという新しい元素ができたのです。そのときそれぞれの水素の持つ原子核が融合して二個の原子核が一個になったときに、巨大なエネルギーを放出するのです。
そのエネルギーが全体宇宙に遍在して全体宇宙が誕生したのです。核融合による最初の爆発がビッグバンであり、そしてそのときできたヘリウムガスが星という物体をつくっていき、150億年の拡がりを持っているのが全体宇宙なのです。
しかし、全体宇宙には依然、水素ガスが遍在し、水素ガスでできた星がたくさんあります。
わたしたち、太陽系惑星群のある銀河系星雲だけでも7000億の恒星がありますがほとんどが水素ガスでできた星です。太陽もそうです。
最初のビッグバンが核融合によってのものであり、それが宇宙の膨張の原因であり、そこから、新しい元素がどんどん生まれてきたのに対して、核分裂によって電子二個のヘリウムから、電子一個の水素が二個生まれるという過程もある。これは多くの元素の一個の原子核が核分裂することによって元素番号の数だけある電子が分かれて、別の元素番号の小さい元素に枝分かれしていき、最終的には元素番号1の水素に回帰していくのが宇宙の収縮の原因であるのです。
従って、全体宇宙というのは、決して膨張し続けているのではなく、収縮もしており、その交互のプロセスで成り立っていると考えていいでしょう。
それでは絶対宇宙はどうなっているのか。
今まで、お話した全体宇宙が、膨張と収縮を繰り返している中で、まったく異次元のところでも別の全体宇宙が無数にあって、そこの間では空間や時間というものが存在しない、エネルギーの変位した物質の世界であるわたしたち全体宇宙では、想像も出来ない存在がある、それが絶対宇宙なるものなのでしょう。
ここで、もう一度おさらいをしますと、物質でできた空間と時間がある全体宇宙が無数にある、その全体宇宙を繋げている時空のないトンネルがあって、そのトンネルがクモの巣のように張りめぐらされている、今流にいえばネットワークになっている。そのネットワークが絶対宇宙であります。
ネットワークの各ステーションが全体宇宙という時空のある−実在する−宇宙とするならば、それをつなげているネットワークという概念−実在するものではなく、観念としてあるの−が絶対宇宙なのです。
だから、絶対宇宙はこうだ、ああだと具体的に説明できるものではない、わたしたち全体宇宙とはまったく違った次元のものであると理解して欲しいのです。
その、侵すべからざる存在というか観念が、わたしたち実在する「想い」のルーツであり、祖先と言っていいでしょう。
無から有が誕生した原点であるのです。』
絶対宇宙とは、我々が存在する全体宇宙のようなものが無数にあって、それを蜘蛛の巣(ウェブ)のように張りめぐらされたネットワークだとイメージしていいでしょう。
今流行のインターネットのウェブはまさにネットワークで、それは確かに機能しているが、実体は見えない概念です。
コンピュータネットワークでは、そのネットワーク上を通る為の、プロトコルというルールがあります。
自動車道路の交通規則のようなものであります。
自動車道路地図がネットワークであり、ウェブであるのですが、その中には沢山の交差点があって、そこで道を変更することが出来る。
同じように、ウェブ上の交差点にサーバーマシーンという交通巡査がいて、交通整理をしているのです。
絶対宇宙とは、その全体のウェブであり、無数の全体宇宙へ通じる無数の交差点を持っているのです。
その交差点が五次元要因である存在(エネルギー)だと考えたらいいでしょう。
もちろん全体宇宙がまたウェブになっていて、無数の星雲に通じる無数の交差点を持っているといった具合になるのです。
従って、絶対宇宙とは、ある意味では人知の及ばない世界であり、別の表現をすれば、概念であって実体のあるものではないということになります。
そういう意味では有限に対して無限と言ってもいいでしょうし、存在するものに対して「空」と言ってもいいし、「すべて」と言ってもいいでしょう。
結局の処、実在するものであっても、概念であっても、すべて存在する世界として捉えたら、五次元の絶対宇宙がすべての「果て」だと考えられます。
そこでは、「果ての向こうには何がある?」という質問すら存在し得ないのであります。
そう考えますと、我々人間が死んだ後どうなるのかという、人間にとって一番重要な問題に対する回答は、「そんな質問は存在し得ない」ということになるでしょう。
存在し得ない質問をすることは有り得ないのですから、それを質問しておるあなたも存在し得ないわけであります。