|
第三章 ソドムの町・日本 現代日本社会の頽廃は極限状態にまで達しているようだ。 だからと言って日本だけが頽廃しているのではない。 世界の国は今や、二百を超えようとしているが、民族の数では一千を超えるし、言語の数では五千種類あると言われている。 人間が人類であった時代は、一種類の人類であったが、人間に進化した時点で言葉の数だけの種類に分化してしまった。 すなわち、人間とは言葉を駆使することによって動物が住むエデンの園から追放された、自ら出ていったと言った方が適切かもしれない。 人間が最初に使用した言葉は、象形文字だが、これはコミュニケーションが目的ではなく、神との交信が目的であった。つまり祈りの言葉であったのだが、人間それぞれの祈りの内容が異なることを知った人間は、お互いの意思の疎通を図る必要性を知るに至った。 そして初の文字が今のイラクのメソポタミア川流域で生まれた。シュメール語と言われる言語で、この地域には、白人のルーツであるインドアーリア人が中央アジアから、黒人のルーツであるアフリカから、そして北東アジアから黄色系モンゴロイドが交差する地域であった。 彼らが、この地域で混血を繰り返し、世界に散っていき、五千種類の言語を生んだのである。 結局は、エデンの園から追放された人類が、この地で人間世界の創造をすることになり、ノアの方舟でアララト山に漂着した七月十七日が人間世界の誕生と言っていいだろう。 従って、人間世界は、ある国が繁栄し、別の国が頽廃するということは、本来在り得ないのである。 たしかに日本の頽廃ぶりは目を覆うものがある。しかし他の世界の国々も、そういう時期は、大なり小なり同じ現象を呈しているものなのである。 それは、やはり人類のルーツが一つだからである。 聖書の中でこんな話がある。 SODOM(ソドム)という町があって、そこの住民は完全に頽廃しきっていた。男色は蔓延する、獣姦はする。現代社会でも驚くほどの頽廃した町がSODOMという町だった。sodomy(男色)という言葉はSODOMの町名から来ているぐらいなのだ。 あまりの酷さに神は怒って、彼らを全滅させることを決めたのだが、その中に一人だけ頽廃にまみれていない人間がいた。 神は困った。この人間を殺すわけにはいかない。 そこで神は、その人間に家族を連れてソドムの町から出て行くように説得したが、その人間は、「彼ら頽廃している人間は何も気づいていないのです。わたしは気づいているのです。彼らに責任があるのではなく、気づいているわたしに責任があるのです。だから、わたしはここから去るわけにはいきません」と言った。 神は困り果てて、罠を仕掛けて彼に言った。 「隣にあるGOMORRAH(ゴモラ)という町も同じように頽廃し切っている。しかもそこには、お前のように気づいている者もいない。早くそこへ行ってやりなさい。だが、振り返ってはいけない。振り返ったら、お前を石にする」 彼はゴモラの町に向かった。その隙に神はソドムの町を壊滅させた。 だが、ソドムの町から悲鳴が聞こえるので彼の家族は振り返った。そして一家みんなが石になった。 現代世界の様相は、まさにソドムとゴモラそのものである。 日本はさしずめソドムではなかろうか。 神は虎視眈々と隙を狙っている。 洗足小学校が始めたことは、ソドムの町で一人だけ気づいた人間かも知れない。 ゴモラの町は至るところにある。 神と、気づいた人間の智恵比べが、人間社会を待ち受けている大きな試練であるのだろうか。 |