第十一章  刑事永井大作

「鶴屋」の暖簾を潜った永井刑事は、カウンターに座り、隆二に横に座るよう促した。
「どうも、お久しゅうございます」
カウンターの中から初老の板前長が深々と挨拶をした。
「今日は、この御仁に思いきりうまい天婦羅をご馳走しようと思ってね。何せ失業したばかりの気の毒な人だから」
笑いながら隆二の方を向いた。
隆二も、『こうなったら、あつかましくいこう!』と腹を据えた。
「板前長さん。この方は一応刑事さんだと聞いているが、そこいらの刑事さんとはまったく毛色が違う。元はお公家さん上がりなんかねえ?」
隆二が歯に衣着せずに板前長にずばり訊くと、睨むような顔をして、板前長は隆二に応えた。
「ご本人から何もお聞きになっていらっしゃらないのですか?」
逆に怪訝な表情で隆二に問い返した。
「このお方は清朝最後の皇帝・宣統帝溥儀(せんとうてい・ふぎ)様の忘れ形見なのです。時代が時代なら今頃は中国皇帝です。父君は1945年日本へ亡命する途中、ソ連軍によって捕らえられるのですが、日本軍によって匿われていた時に日本女性との間でできたお子様なのです。亡命する列車をソ連軍が襲撃し、宣統帝が捕らえられた時、同じ列車の中に隠れておられ、無事日本に辿り着いたのです。宣統帝はその後、中国で過ごされ1967年に亡くなるまで、大作様のことを気にかけておられたようです・・・」
「道理で、一般の刑事とは違うと思ったはずだ」
隆二は納得した。
「まあ、そんな過ぎたことはどうでもいい。それより阪本さんはまだ45歳だ。そして会社を辞めたのも絶好の機会だと僕は思うよ。言っちゃ悪いが、阪本さんのいた会社は、ひどいものだ。僕は捜査一課だから、口出しはしないが、捜査四課ではワーストスリーに入る会社だと言われている。まあ、今回の事件も会社とは直接関係ないが、モラルの著しい低下が関係しているとも言える。大体、新興宗教に侵されている者が、大企業の幹部にいること自体が、会社のレベルを疑われるよ。だから今回のような事件が起こるんだ」
永井刑事が言っていることが、隆二にはさっぱり飲み込めなかった。
「これ以上、ここでは言えないことだが。レベルの低い会社であることは否めない。そんな会社に阪本さんのような人が育ったのは奇跡としか言えないね」
「それじゃ、新興宗教でなければいいんですか?」と隆二が突っ掛ってみた。
「そうとは言わないが、新興宗教は度の過ぎた勧誘と、他の宗教団体に対する攻撃性において、本来の信仰心と矛盾している」
永井刑事は厳しい表情で続けた。
「今、阪本さんと宗教論議をするつもりはないよ。それより、前に言ったように刑事になってみないか?君はぴったりだ」
永井刑事は本気なのだ。しかもこの事件を彼に解決させたいと思っている。
それが徐々に隆二には判ってきた。
「警察官になるには、国家試験があるのではないですか?」
隆二にその気があっても、国家試験が立ち塞がっていることで、永井刑事も諦めるだろうと思ったら、驚くべき発言をその後にした。
「国家試験なんて必要ない。その仕事に適していたらすぐなれるよ。阪本さんが今、『OK』と言えば明日から阪本刑事さんだ」
唖然としている隆二に、「さあ、阪本刑事。般若事件の犯人探しを検討してみましょう」
隆二のことを刑事だと思っている。
「まあ、本当の刑事でなくても、今回の事件は自分にも関係あるように思えるから、一緒にやってみるか」
隆二も思った。