第十二章  教会葬儀

「明日が高田さんの葬儀です。阪本さんは参列するんでしょう?」
永井刑事から突然言われて、せっかくの楽しい談話がぶち壊しになってしまったが、彼が大阪へ来た最大の理由が、高田社長の葬儀だったことに気づいた。
「教会に行かれるんですか?」
「この事件を解決するためには絶対に必要なことです。特に参列者の対応に注目すべきです。この葬儀に犯人たちは必ず出て来ると確信しています」
「今、何といわれましたか?犯人たちと言われましたね。一人ではないのですか犯人は?」
驚く発言ばかりで、頭が混乱してしまっている隆二に永井刑事は言った。
「計画殺人の場合、犯人は当然被害者の身近な中にいます。そして完全犯罪を考えます。実際には完全犯罪なんて不可能なのです。最近、日本で起きる犯罪の未解決件数がどんどん増えていると、マスコミで騒がれていますね。これは、他の先進国でも同じ傾向なのです。困ったものです」
永井刑事の表情が急に曇ってしまった。
隆二はこんな刑事を初めて見た。
どんな状況でも表情ひとつ変えないで淡々としているのに、何とも言えない苦渋の表情をしている。
「食事も終わったから、場所を変えましょうか?」
永井刑事が板前長に耳うちすると、「分りました。連絡しておきます」と最敬礼をした。
「それじゃ、行きましょうか」と言って自分から店を出て行った永井刑事を追いかけるように隆二はついていった。
ロイヤルクラブというメンバー制のバーに入って行くと板前長から連絡を受けていたマネージャーがフロントで待っていた。
「永井様。お久しぶりです。どうぞこちらへ、個室を取ってあります」と言って、一番奥にドアーがある個室サロンに案内した。
「ここなら、どんな話でも出来ます」
永井刑事はソファーにゆっくりと座って、マネージャーに合図をした。
マネージャーはすぐに頭をさげて部屋を出て行った。
部屋の中のテーブルに既に用意されてあった飲み物を指さして、
「阪本さんは、お酒の方はどうですか?」と聞かれて、
「大好きな方です」と答えた。
「それじゃ、ここにあるのを、ご自由に選んで飲んでください」
延々と5時間以上、二人は話をした。
バーを出た時は12時を過ぎていた。
「それじゃ、明日午後2時に梅田カトリック教会でお会いしましょう」
二人は別れた。
隆二は、帰路の車の中で5時間にわたる永井刑事の話を思いだして、人間社会の愚かさをつくづく感じるのだった。
『それにしても、恐るべき社会になってきているんだ!』
人間の愚かさと醜さに、怒りよりも失望と幻滅を感じるのだった。
翌日、梅田カトリック教会に行くと永井刑事はすでに来ていた。
参列者を見渡すと、さすが取締役だっただけに、トーホー商事の役員連中は全員来ていた。
教会葬儀なので、仏教方式のようにお通夜もなく告別式だけだ。
お通夜だけで済まそうとする訳にもいかないから役員全員が参列となったのだ。
牧師が祭壇に上がって葬儀が始まった。
聖書を読んで、讃美歌を歌って、お決まりのコースだ。
神社で十字架刑によって殺されたのに、何の目新しいコメントもなく、マニュアル通りの葬儀だ。
「宗教は恐ろしい!」と言った刑事の言葉を思いだした隆二に永井刑事は耳うちした。
「これから、死者に別れの花を贈呈します。よく見ておいてくださいよ!」
仏式の焼香のようなもので、教会の葬式では、最後に参列者全員に花を渡されて、棺に捧げるのが慣例になっている。
会社の役員連中はさすが世間的地位が高いだけに、献花する順番も早い。
30人いる社長以下の役員が殊勝な顔をしてひとりひとり棺の上に花を投げて行く。
そして横で立っている遺族に挨拶をして引き上げる。
一番うしろの席に座っていた二人は、じっと彼らの態度を注意深く見守っていた。
「何か変わった様子はなかったでしょうか?」と訊いてきた刑事に隆二は首を横に振った。
縦一列になっている連中を見ながら隆二は永井刑事に説明していった。
「まず、実質の権力者と言われている岩田会長、その後をぴったり従いているのが、私を首にしろと言った増柿社長です。その後ろに山田副社長、西垣副社長・・・・」
「よく考えてください。人間が考える意味があるのは、こういう時だけです」
『また訳の分らないことを言う人だ!』と隆二は思ったが、じっと彼らを見ていて、はっと気がついた。
「30人全員が参列していたのに、献花の時には二人欠けていました」
隆二は刑事に言った。
「その二人は誰か判りますか?」
「ええ、もちろん。山科専務と里見専務です」
「結構です。それじゃ、我々も花を捧げましょう」