第十四章  喜怒哀楽

隆二は週のうち3日は東京にいるようになった。
永井刑事のアドバイスによるもので、近々第四の殺人が起こると予想してのことである。
「いよいよ般若が登場してきますよ。阪本さんが東京に来ることで、最後の仕上げをやろうと考えているでしょう」
「いつの間に犯人の名前が般若になったんですか?そして最後のターゲットがわたしだということですか」
「犯人が佐藤夫人の殺人から般若の面を現場に残すようになりました。般若の面はご承知のように、喜怒哀楽すべての感情を一つの面で表していると言われています。そして佐藤さんは哀しみ、夫人は喜び、高田さんは怒り、そうしますと最後は楽しみの面になる計算です」と言って刑事は笑った。
「そんなに、わたしは極楽とんぼですかね?」
隆二がふてくされた顔をして言うと、永井刑事は慌てて手を横に振って言った。
「そう誤解されては困ります。僕は、阪本さんが最後のターゲットだとは言ってませんよ、可能性がないとは言えませんが。ただ、今までの動機とはあきらかに違うと思います」
「そうすると犯人は、複数の動機を持っているというのですか?」
「いや、僕が言いたいのは、犯人の殺人計画は完了したと思います。これから起こる殺人は警察の捜査を混乱させる目的だと思います。僕が犯人の名前を般若と言ったのも、二つの動機があり、それぞれの動機がまた枝分かれして、結局四つの動機が犯人の心の中に生じたからです。喜怒哀楽の四つの感情が、最初は哀しみと喜びの感情から殺意が生まれ、そして哀しみから怒りへ、喜びから楽しみへと殺意の動機が変わっていって、楽しみの動機が残っていると言っているのです。最初の殺人は、自分の持っていた哀しさを被害者に被せようとした殺人です。だから喜怒哀楽の、般若の面のことは思いつかなかった。ところが佐藤夫人の殺人の動機は、殺人をする喜びを感じることにあったのでしょう。つまり殺す必然性はなかったと思います。ただ殺す喜びを味わうため殺した。それが般若の面を現場に残した理由だと思います。第三の殺人はまったく別の動機です。僕も同じ犯人だとは考えられなかったのです。動機があまりにも違い過ぎたからです。敢えて言うなら、第三の殺人が一番強い動機だと思います。
だから、本当ならここで殺人計画は完了したはずです。しかし犯人は般若の面を現場に残すことで、最後に残った、楽しみが動機の殺人をしなければならないと思っているはずです。小心者のくせにプライドが高く、愛欲も強い。臆病なくせに出世欲が強い。そこに宗教の面でも本音と建前が交錯して、まさに般若の喜怒哀楽の面を全部持った複雑な人間だと思います。あの会社で、そういった環境にいる人物を知りませんか?」
『これだけの心理分析が出来ないと、刑事が勤まらないなら、到底自分は無理だ!』
大きな面をさげて東京まで来た自分の厚顔無恥さに隆二は呆れた。