第十七章  官営国家から民営国家へ

「それにしても、彼はよくそこまで君に話しましたね。驚きました。しばらくは彼らの仲間に入り込んで下さい」
永井刑事は満足気に言った。
「それから、君の後輩の『若様の・・・』という話は、明治政府が創った九つの帝国大学の誕生と関係しているのです」
柔和な彼の表情が一変した。
「帝国大学という言葉も異様だとは思いませんか。明治19年に初めて東京帝国大学が設立されました。明治33年4月のパリ万国博覧会で紹介されたとき、『Imperial University Of Tokyo』 と書かれていたのを欧米の識者が見て驚き、日本という国が欧米の帝国主義を真似ようとして、その予備校をつくったと思ったようです」
隆二は永井刑事の話に引き込まれていった。
「初代総長・渡辺洪基は慶応義塾の卒業生で、福沢諭吉の『天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず』と『独立自尊の精神』の薫陶を受けた人物だったのですが、薩摩の島津、長州の毛利を中心にした明治政府は徳川幕府の覇権を奪取するのが目的でしたから、新しい将軍養成のため、幼少の頃からの帝王学を受けさせる機関として東京帝国大学を考えていた・・・」
『学校では教えてくれない歴史観だ!』
隆二は感心した。
「そして明治政府は次に京都帝国大学を明治30年に、その後、東北・九州・北海道・京城・台北・大阪・名古屋と創っていくのです」
「旧帝大というのは七つじゃなかったのですか?どうして京城(ソウル)と台北が入っているんですか?」
浅薄な質問をする隆二にも拘わらず、刑事は根気よく話を続けた。
「帝国主義者の予備校であることが、そこに如実に現れています。それが『若様の旅まわり』とか『若様の武者修行旅』とかの原点です」
刑事の表情が般若のように変化する。
「太平洋戦争に負け、アメリカによってつくられた憲法で、二度と帝国主義を繰り返させないようにされたはずの日本なのに、この慣習だけは今でも続いている。日本という国は大昔から何も変わっていないのですね。僕は清王朝最後の皇帝・宣統帝の子ですから、あの頃の大日本帝国の思想をよく知っています。父が東京裁判で日本の侵略を証言したのもまんざらアメリカやソ連の圧力だけだったとは思えません。軍国主義国家も官僚国家の一種です。帝国大学と若様が続く限り、日本という国は世界で唯一の被爆国の宿命を変えることは出来ませんね・・・」
「それでは再び日本は被爆国になると言われるのですか?」
蒼い顔をして隆二は訊いた。
「原爆を落とされるかどうかは判りませんが、モルモット国家であることは間違いありません。僕が一番心配しているのが、犯罪急増による国民総監視システムが新しい人体実験であり、そのモルモットが日本国民だということです」
永井刑事の話を聞いていて隆二は背筋がぞっとする思いだった。
ある本で読んだことを隆二は思い出した。
『その国の政治家のレベルは、その国民のレベルを超えることは出来ない』
『ひとり一人の国民の意識を変えていかなければならない。自分で判断出来る能力・癖をつけさせなければならない』
「マスコミも片棒を担いで喧伝している日本の犯罪解決能力の低下を防がなければなりません。早く般若を捕らえましょう。今でも犯人は君を監視しているかも知れませんよ」
永井刑事が隆二に刑事になってみないかと誘った真意がやっと判った。
私設警察のようなものを永井刑事は創りたかったのだ。
今、世間では、新しい首相が選ばれて、政治に無関心の人々までが新首相フィーバーで舞い上がっている。
首相の一枚看板が郵政三事業の民営化だ。
民営化すればすべて自己責任になる。
郵政三事業だけを民営化すれば済む問題ではない。
21世紀の世界、国家、社会はみんな民営化になっていく。
織田信長は軍隊を民営化して傭兵にした。
警察も民営化すればいい。
逆転の発想が現代の日本には必要なのだ。
軍隊や警察は国家権力の象徴のように思い込み、民営化を考えたことがない。昔から私立探偵という職業もある。
弁護士も民営である。
治安も民間のガードマン会社が請け負っていて大企業になっている。
すべてをお上に委ねて頼り切るから、自己も怠惰になり、お上も腐敗する。
小さな政府ではなく、民営の政府を創ることで、税金という言葉は死語になり、貸しビルの共益費やマンションの管理費のような言葉が税金にとって替わる。
大阪の町の管理はこの会社と契約しているが、東京は別の会社だ。といった具合になる。
浪花と言われていた時代、民営の思想で町づくりをした名残が今でも大阪の町にはある。
明治になって首都が東京に移ってから、すべてお上まかせの国になってしまった結果大阪の町は衰退の一途を辿っている。
首都の遷都ではなく、首都の廃止をするべきで、それぞれの町が自分たちのカラーを大事にしながら、お互い競争することが、この島国の活性化になるのである。
『永井さんは、それを考えていたのだ!』
『よし!民間刑事阪本隆二が、この般若事件を解決してみせる!』
永井刑事が自分に期待していることを悟った隆二は、体の中に強烈なエネルギーが流れ込んできたような気がした。