第十八章  ノミの心臓

隆二は最近、人の視線を感じることが多くなっていた。
大阪にいても、東京にいても視線を感じる。
その視線は嘗て感じたことのある視線だ。
『多分15年前ぐらいになるが、同じ視線をよく感じたことがある。15年前と言うと・・・、仕事でよくアフリカに行っていた頃だ』
あの頃のことを必死に思い出してみた。
30才そこそこだったが、ぱりぱりのやり手商社マンで、メーカーからも、海外の客からも信頼を得て、日の出の勢いだった頃だ。
『あの頃に同じ視線をよく感じた』
『そうだ!あのとき、別の課の課長をしていた里見という人物がいた。今はトーホー商事の専務をやっている・・・大学の先輩だった』
懐かしい想い出の中の一駒だ。
『日の出の勢いだった自分がまだ平社員なのに、海外と大きな契約をしていた頃、“何故そんな大きな契約をするのに課長が行かずに、平社員の阪本に行かせるんだ!”と苦言を言っていたな!』
甘い想い出の中の苦い一駒だ。
『自分が契約に行っていた国の担当が、里見課長のところに替わり、新しい案件の話がわき上がった。交渉と契約に誰が行くかという問題になったとき、里見課長は以前から、“そういった重要な仕事は課長が行くべきだ!”と言っていた手前、自分が行かなければならなくなった』
つくづくサラリーマン社会の嫌らしさを経験した時期でもある。
『里見課長の担当国はアメリカやヨーロッパばかりで、アフリカの国など行ったこともない。そこで「ノミの心臓の里見」を露呈してしまった。あれ以来、里見から感じるようになった視線だった』
一瞬嫌な予感が走った。
『あんな奴が大手総合商社の専務だなんて・・・。日本の総合商社も、もうおしまいだ。だが奴の視線をなぜ感じるのだ!』
隆二は皆目見当がつかなかった。
大阪に帰ると、視線を感じなくなった。
永井刑事から電話が掛かってきた。
「阪本君。とうとう般若が動いた。これから事件解決までは君の仕事だよ」
「どういうことですか。また誰か殺されたのですか?」
「トーホー商事の山科専務が殺された。竹橋で般若の面を被って首を吊って死んでいた」
山科専務の名前を聞いた途端、里見の顔が浮かんだ。
「死亡時刻は?」
プロの刑事になったような質問にちょっとためらったが永井刑事に訊いた。
「昨夜、夜の8時頃だ。多分、別の場所で絞め殺されて、その後、竹橋の欄干に吊るされたのだろう」
隆二はトーホー商事の昔仲間の野田に電話をした。
「よう、久しぶり。どうしたんだ?」
まだ事件のことは知らないらしい。
「野田。お前、今、里見専務のところにいるんだろう?」
「ああ、そうだ」
「里見さん、元気にしているか?」
「うん、相変わらず、威張りちらしているよ」
「今日はいるのかい?」
「うん、朝から来ているよ」
「昨日は東京に出張していなかったか?」
「いや、昨日もいたよ」
当てが外れて、がっかりした隆二だった。
『やはり素人の勘は、この程度のものだ』
永井刑事から再び電話が掛かってきた。
「今から大阪に行きます」
隆二は思った。
『事件もいよいよ終盤に入ったらしい!』