|
第二章 会社のエゴ 2ヶ月が経ち、隆二は退社直前に本社に挨拶に行った。 「阪本君」 人事担当役員の石川常務がロビーで声をかけてきた。 「ちょっと、話をしよう。つきあってくれないか」と言って、自分の部屋に隆二を誘った。 「阪本君。君は本当に退社するのかい?君なら、いくらでも復帰できる職場がある。行きたい職場があったら何でも言ってくれたまえ。僕がなんとでもするから」 「石川さん。何を今更言ってるんですか。わたしは明後日退社するんですよ。退職届けも受理されているじゃないですか」 「君の退職届けは机の上に置いてある。わしが破って捨てればおわりだ」 隆二は訳がわからなかった。 『誰も今迄自分の退社を引き止めた者はいなかった。それが急に何故?』 「わたしは会社が嫌で辞めるのではありません。自分の生きざまに筋を通すために辞めるんです。したがって意思は変わりません!」 帰路の車中で疑問が湧いた。 『何故、今更俺を引き止めるんだ?』 殆ど衝動で退社すると決めてしまったが、未練も後悔も将来への不安も不思議に感じなかった。 一般サラリーマンなら、20年以上も勤めた会社を辞めるならいろいろ迷い考え、心の準備をして辞めるのが常套である。隆二自身も頭では、そう思っていた。しかし今の心境は淡々としていた。辞めた後、何をするかもまったく白紙状態であるのに全然不安感がない。 『案ずるより生むが易しとは、まさにこのことだ!』と思った。 現代人は頭でっかち過ぎて、体を動かす前に考える。考えると行動出来なくなる。だからと言って行動が先行すると失敗の可能性も多くなる。 彼は毎朝一人で部屋に座って、お経代わりに口ずさむ言葉がある。 “Whenever you are puzzled in a situation and you can not see how to get out of it, Do not think and just be in a deep thinking and allowed your inner guide to guide you. In the beginning you will feel afraid and insecure but soon when you come every time to the right conclusion, when you come every time to the right door, you will gather courage and you will become trusting. If this trust happens, this really is faith. Even if it leads into danger, go into danger. This is the path for you. Even if it leads into the death, go into the death. This is the path for you. Follow it, trust it and move with it” “あなたがどうしたらいいか判らない状態にあり、その状態から抜け出すことが出来ない、そういった時は何も考えず、ただ内なる深い思考のない状態に浸っていることだ。そして、あなたの内にある心の旅の案内に身を委ねることだ。はじめは不安に感じるだろう、危険に思うだろう。だが、どんな時でも結局、自分にとって最上の結果が必ず出る体験を重ねていくと、勇気が湧き、あなたの内にある心の旅の案内が、あなたそのものであり、その案内に全面信頼を置けるようになる。その状態になれた時、あなたは信頼の何たるかを知る。 たとえ、その案内が如何に危険なところへ導こうとも、それについて行けば良い。それが、あなたの道なのだから。 たとえ、その案内が死へ導こうとも、それについて行けば良い。 それがあなたの道だから。 その心の旅の案内に従って信じて、そして一緒に旅をすることだ” 内にある自分の人生の旅のガイドにすべてを委ねたからこそ、まったく不安感がなかったのだ。 人事の石川常務は労務畑一筋で来た人間だから、サラリーマンの性根を熟知している。少し餌を見せれば飛びついて来ると高を括っていた。 増柿社長の「首にしろ!」発言に隆二がクレームした。彼からすれば当然のクレームだ。理由がない。 そして増柿社長との一対一の対面で理由が判ったのだ。 高田社長が、終戦処理対策で責任をすべて隆二に押しつける嘘の報告を増柿社長にしていたのだ。そして「首にしろ!」発言となったのである。 増柿社長は隆二に「誠に不用意な発言をして、申し訳ありません」と謝罪した。 彼は増柿社長から決定的な会社のミスを認める発言をそのとき引き出したのだ。 「高田社長の間違った報告とは言え、わたしが営業の人間だから、ちょっとしたミスで首にしろ!ですか?それなら間接部門の人間が致命的なミスをしても首どころか、不問に付す今までの社長のやってきたこととは矛盾していますね?」 「それは、たしかにその通りだ。申し訳ない」と増柿社長は平謝りした。 終戦処理で顧客に詐欺的行為をしたにもかかわらず、顧客が隆二を個人的に信頼していたから訴訟されずに済んだことを会社が知って、まだ使い途があると判断したことも、退社直前になっての引き止めの理由だったのだ。 『企業というものは身勝手なものだ。しかしその企業を動かしているのは同じ人間だから、結局、明日はわが身になることを認識していない哀れな動物だ!』 そう思うと、少しは気も安らぐのだった。 |