第三章  自業自得

11月1日。退職した翌日の朝刊を見た隆二は吃驚した。
「(株)トーホー商事幹部夜中に暴漢に襲われ殺される」一面の見出しだ。
佐藤業務部長が新宿の歓楽街で、刃物で刺し殺されたのだ。
現場は歌舞伎町の暗がりで、目撃者はいないらしい。
彼はトーホー商事の社員では最早ない。しかし24年も勤めたところだけに、トーホー商事の臭いが体に染みついていて、そう簡単に消え去るものではないし、その上に同じ職場にいた人間だ。他人事で割り切れない想いで一杯だった。
トーホー商事時代の仲間から電話が入った。
自分から事情を知りたくて電話をしようと思ったが、もう社員でないと思うと受話器を下ろしてしまった直後のことだった。
「もしもし。矢口です。おはようございます。もう新聞お読みになられましたか?」
「おう、矢口か。どうだ会社の様子は?君は東京だから詳しいことが判るだろう?」
「朝から警察が来て事情聴取をしています。どうやら出会いがしらの強盗殺人のようです。財布が盗まれていたようです」
「新聞では歌舞伎町のあやしげなホテル街の辺りと書いてあったが、佐藤さんがそんな所をうろつくなんて考えられないな・・・」
隆二は佐藤のことを良く知っている。
トーホー商事の社員は糞真面目で臆病な連中ばかりで、その典型が佐藤だ。酒は好きだったらしいが、危険な遊びは絶対にやらない。
「何故、深夜にそんな場所にいたんだろう?」と矢口に訊ねたが、矢口は佐藤のことを知らない。
「単身赴任の身だったらしいですから、女遊びにでも行った帰りだったんでしょう」と短絡的に斬って捨てた。
『いや、あの男は絶対にそんなことをするはずがない!』と思ったが、矢口に言っても仕方がないから黙っていた。
警察も強盗殺人と断定して犯人探しをしたが、歌舞伎町での殺人となると犯人を見つけるのは不可能であることは警察が一番知っている。
表面に出ない殺人事件が歌舞伎町では毎日10件以上あるらしいが、警察にはほとんど届け出られない。闇から闇に葬られ、死体すら見つからない。
今回の殺人事件はプロの仕業ではないと警察は判断していたのも、死体が路上に残されていたからだ。プロの仕事なら死体すら発見できない。
行方不明者が東京には何万人と届け出されているだけでもいる。殆どが殺されて闇に葬られているのだ。
佐藤も出世欲で道理を見失ったのだ。
若い頃からの知己で、寡黙だが芯は強くて、正義感も強いと思っていた。
隆二が以前親しくつきあっていた役員がいて、その役員が悪名高い人物で、佐藤から付き合うのはやめろと注意されたことがあった。
隆二は、“どんな人間でも必ず裏表がある”と思って、その役員とも付き合っていたが、佐藤はそれほど正義感が強い男だったはずだ。
会社を閉鎖する検討が秘密裏に進められ始めると、佐藤の隆二に対する態度が急変した。
まるで罪人扱いだ。営業の人間はすべて罪人扱いをし出した。
隆二も気が荒い方だから、売られた喧嘩は買う。そして二人の間の溝がどんどん大きく深くなって行った。
サラリーマンにとって出世は一番の大事だが、これだけ平均寿命が延びてくると、オーナー社長でない限り、死ぬまで現役は続けられない。
結局は、トップを極めても第二の人生が待ち受けている。
最後の死に向かっての第二の人生が、人生の最終結果を出す。
第二の一番大事なライフワークを早く見つけて、それに向かう方が人生の成功者になれる可能性が高い。この世的成功者は人生の失敗者になる確率が高いという一見矛盾と思うことが実は真理なのだ。
『佐藤はこの世的成功を求め続けそれも得られず、第二の人生にも出発出来ず哀れな末路だった。それも自業自得だ!』
隆二は吐き捨てるように言った。