第四章  お通夜

佐藤の死体の解剖検証がされ、遺体が家族のもとに戻ったのは11月3日だった。
その夜お通夜があったので、隆二は神戸にある佐藤の家に行った。
佐藤夫人が目を腫らして祭壇の横に座って焼香者に挨拶をしている。
彼が挨拶をすると、「ああ、阪本さん。おやめになったんですってね?」
と夫人の方から声をかけてきた。
「はい。10月30日で退職しました。今回は大変なことになり、お悔やみ申します」と頭を下げると、小さな声で夫人が囁いた。
「ちょっと、お話したいことがあるんですが。奥の部屋にいらして頂けませんかしら」と怪しげな声で言う。
隆二はギクッとしたが、「わかりました」と言って立ち上がろうとした時、
親会社・トーホー商事の山科専務と里見専務が連れだってやって来た。
二人とも同じ専務だが、山科が里見をここまで引き上げて来たのだ。
ポスト増柿の最有力候補ともっぱらの噂の山科が、自己の派閥構成の推進役に里見を遣い、山科と里見は親亀・子亀の関係だと社内では揶揄されている。
山科の後を金魚の糞のように従いていく里見は、どこから見ても大企業の専務とは思えない風体だが、お洒落には気をつかっているらしく、ブランド物を着て社内の女性の気を引こうと努力している。
「奥さん、このたびは誠に何と申し上げてよいやら・・・」と山科は、本当に殊勝な顔をして夫人に挨拶をした。
夫人も亡き夫から山科によくしてもらっていたことは聞いていたらしく、山科には丁重な応対をした。
後ろに控えていた里見は、何も喋らず、ただ頷くだけだった。
そこへ高田社長がやって来た。
高田を見た途端、山科は里見に合図をした。
「奥さん。これからちょっと用事があるので、失礼します」と言って、さっさと焼香もせずに帰って行った。
「阪本君。よく来てくれたね。奥様、この度は何と申し上げてよいやら・・」
高田が夫人と話している間に、隆二はそっと奥の部屋に行った。
「申し訳ありません。待たせてしまって!」
「いえ、焼香の方の挨拶で大変でしょう。いつまででも待っていますから・・・」真摯な態度の隆二に夫人は信頼感を持ったらしく、自然に話しはじめた。
「阪本さんは、うちの主人のことよくご存知でしょう?」と訊かれて、「はい」と答えてしまった。
「うちの主人は単身赴任していましたが、あんな怪しげな場所に行くような人間ではありません。妻の贔屓目で言っているのではありません。性格を考えたらすぐ判ることです。あれは計画的殺人だと思いますが、あなたはどう思いますか?」
夫人の思いつめた顔が隆二に本音を出させてしまった。
「わたしも、そう思います。ご主人は寡黙な方でしたが、結構言うべきことは言う方でしたから、逆恨みをしている人間もいると思います」
「やはり、そうでしたか。実は主人からあなたが退社されたことを聞いていました。そのとき主人は、『あなたには悪いことをした』と言っておりました。主人の会社は営業の人たちを軽視・蔑視する傾向があって、『会社を閉鎖する件でも、営業の幹部の人たちに直前まで言わないで、いざお客さんへの謝罪になると、営業の人間にやらせるようなことを自分がやったんだ』と言って悔やんでいました。『その中で坂本君は責任を果たしてから潔く辞められた』と言っておりました。だからこんなことを打ち明けるのです。ごめんなさい・・・」
「とんでもない。正直言って会社閉鎖の件では、佐藤さんに対して怒りを感じていましたが、そう言って頂ければ氷解しました!」
夫人も今回の事件を単なる強盗殺人だと思っていない。誰か恨みを持っている者の計画殺人だと疑っている。
隆二も同じ考えだった。