第六章  遺族返り討ち

「何ですって!」
佐藤夫人が歌舞伎町の例の同じ場所で殺されたのだ。
昨夜三人で食事をしていた時、鳴っていた救急車のサイレンはその事件発生で駆けつけたものだった。
その日の夕方、隆二が大阪に帰ると、一通の手紙が届いていた。
封筒の裏を見ると「佐藤早苗」と書いてある。
「この方、東京の新宿で殺された佐藤さんの奥さんじゃないの?」と女房から言われた隆二は、
「そうだ、実はこの夫人も昨晩、新宿で殺されたのだ」
「ええ、ほんとう?まあ恐ろしい!」と恐怖で震えている女房の傍で封筒を開けた。
「阪本隆二様
 先だっては主人の通夜に来て頂いてありがとうございました。あの時お話いたしました主人を殺した犯人の目星は大体ついております。わたしは主人の悔しい想いを弔うためにも、犯人を世間に知らしめたいと決意しました・・・・・・・・・・・」
手紙を読み終わった隆二は呟いた。
『佐藤夫人は犯人が誰か判っていたんだ!それで昨夜犯人を殺人現場に呼び出したんだ!』
「その犯人の名前は書いてないの?」
傍で聞いていた女房が訊くと、彼は首を横に振った。
佐藤夫人は自分で主人の仇討ちをするために犯人を呼び出し、若しも仇討ちに失敗したら、隆二に犯人探しを託すために手紙を送るという決死の覚悟だったのだ。
『それなら、どうして犯人の名前を書いて置かなかったのだろう?』
その点がどうしても理解出来なかった。
警察もさすがに今度は強盗殺人で片付ける訳にはいかなくなって、現場周辺の聞きこみ捜査を始めた。
隆二は、殺された夫人の手紙を持って、新宿警察の捜査一課へ自分から出頭した。
「捜査一課の永井です」
刑事とは想像もつかない、洒落た服装の物腰も柔らかで、警察と思うだけで緊張していた隆二も、永井刑事の対応でリラックスして話をすることが出来た。
手紙を読んでいた永井刑事は隆二に質問をした。
「佐藤夫人は、お通夜の晩に何か犯人についてのヒントになるようなことを、おっしゃっていなかったですか?」
「いいえ。わたしにおっしゃったのは、『これは単なる強盗殺人ではない。何か怨恨による殺人に間違いない』と言っておられただけです」
「夫人は何故あなたにだけ胸の内を打ち明けられたのでしょう?」
『さすがにプロだ。そのことに気がつかなかった!』
隆二の心の動きを鋭く察知した刑事が次の質問を発した。
「夫人は、主人から常々あなたのことを聞かされていたのでしょうね。お通夜の時に初めて夫人とお会いになったんでしょう?」
刑事は、隆二が嘘をついているかどうかを見抜こうと、鋭い目で質問してくる。「ええ、そうです」
淡々と答える隆二に嘘が無いと判断した刑事は、彼に対する容疑を解いて、喋り始めた。
「実は内聞にしておいて欲しいのですが・・・、夫人は犯人と思わしき人物と現場近くのホテルに入っているんです。夜の7時過ぎから9時前まで・・・」
隆二は驚きで何も喋ることが出来なかった。
「阪本さんは、その日はどこにおられたのですか?」
『まだ俺のことを疑っているな!』と思った隆二に、刑事は追い討ちを掛けるように続けた。
「誤解なさらないで下さい。あなたを疑ってアリバイがあるかどうかを聞いているのではありません。犯人はあなたの動きを常に監視しているように思えてならないからです・・・」
「どうして、わたしを監視する必要があるのですか?」
「そこが、今回の事件を解決する鍵だと思います」
隆二の突っぱねるような質問に、永井刑事は柔らかく答えた。
『そう言えば・・・。いつ頃からか憶えはないが、刑事が言うように何か視線をいつも無意識のうちに感じていたようだ。ただその視線にどうして気がつかなかったのか?』
危機管理のアンテナは人一倍発達している隆二なら、すぐ感知できているはずだ。
夜中まで麻雀をして車で帰る途中で何か閃きを感じて、いつもの道路を避けて走ると、暴走族が占拠してタクシーなどが被害にあっていたということが以前よくあった。
危機管理には動物的勘が働く隆二が、今回に限って刑事に言われてはじめて気がつくのだった。
『やはり歳のせいかな・・・。アンテナのセンサーが鈍くなってきたんだ!』隆二は珍しく溜息をついた。