第九章  カトリック信者の偽善

「何ですって!高田社長が花園神社で殺されたのですか?」
犯人の一番可能性の高い高田社長が殺されたのを聞いた時、隆二は体の震えが止まらないほどの恐怖に襲われた。
高田社長のことなら、性格も判っているから、対応の方法もあるのに、その最大の容疑者が消えた今、隆二は真っ暗闇に放り投げられたような気がした。
こちらから見えないものに、見られているほど不気味なことはない。
隆二の心境はまさに目の不自由な人間が真っ暗闇の中を、手を差し伸べて歩いている感触だった。
人間というものは不思議な動物だ。
真っ暗闇の中なら、目の見える者も見えない者も違いはないはずである。
人間には思い込みという性癖がある。
潜在意識に刻印された想いと言ってもよい。
目の自由な人間はたとえ真っ暗闇であっても、そのうちに光が入ってきたら、すべては解決するという思い込みがある。
目の不自由な人間は、真っ暗闇のところでも、明るいところでも見えないのだから同じはずなのだが、真っ暗闇だと思うと強烈な恐怖感を持つ。
これも思い込みだ。
隆二は目が見える人間が真っ暗闇にいる状態だったが、今は目の不自由な人間が真っ暗闇にいる恐怖を感じている。
「身震いがするでしょう?」
永井刑事が隆二に言った。
「犯人は、ずっとあなたのことを今でも監視していますね」
隆二が恐怖に震えるのを確認しながら、永井刑事は徐に喋り始めた。
「犯人は今度も刃物で刺し殺したのですが、何と神社の中で十字架刑にしているんです。
そして般若の面が十字架に架けられた死体の顔に被せられていました。
その顔が般若の面とそっくりで、物凄い怒りの形相でした。よほど犯人に怒りを憶えながら死んでいったのでしょう・・・」
十字架刑とは苛烈な刑である。
両手のひらと、足首を重ねた上から太く長い釘を打ち込まれる。
自分の体重がこの三本の釘に掛るときの激痛は想像を絶する。
いっそのこと心臓を突き刺されるか、首を刎ねられる方がずっと楽だ。
長時間の激痛が心身を苦しめる上に、“ザアッ!”という不気味な音を発して血が体外に噴き出るのを聞きながら死を待つ。
『早く死にたい!だが肉体は死んでくれない!』
これは強烈な苦痛だ。
古代の西欧の人間は、よくこんな刑を考えたものだ。
「まさにイエスそのものですよ」
永井刑事が呟くように言った。
“父なる神よ!何故あなたはわたしを、お見捨てになったのですか!”
イエスが怒り狂っているのだ。
高田社長はキリスト教信者だ。
「被害者がカトリック信者だということは、会社の中では周知の事実だったのですか?」
刑事に訊かれ、隆二は首をひねった。
「わたしは、たまたま日曜日に高田社長が家族と一緒に教会に行くところを見たことがあったので知っていましたが、他の人はどうですかね・・・?
会社では、そういったことはタブーになっているので、余程親しい人しか知らないでしょう・・・」
「一度、大阪に行きたいので、その時にお会い出来ないでしょうか」
永井刑事が隆二に向って言った。
「業務としてですか。それともプライベートとしてですか?」
刑事は答えた。
「両方です」
永井刑事の屈託の無さに、隆二は快諾した。