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第四十九章 オス・メスの概念 “オスが好くてメスが悪い”という考え方が、わたしたち人間の錯覚だったのです。 子供を生むことが出来ないオスだけに自他の区分け意識(差別意識)が生じるのに、オス社会がこれまでの常識の結果、わたしたち人間社会だけに差別・不条理・戦争という悲劇が繰り返されてきたのです。 好い・悪いというのは、自我意識(エゴ)にとっての好い・悪いという判断であって、本当の自分、つまり、全体観にとっては好い・悪いといった判断など一切ないのです。 自我意識(エゴ)は実現能力を一切持っていません。 何故なら、自我意識(エゴ)とは、過去・現在・未来に「想い」を馳せる部分観に他ならないからです。 実現能力を持っているのは、『今、ここ』を生きる全体観であります。 『今、ここ』を生きる全体観には自我意識(エゴ)が介入する余地はありません。 従って、 成熟した自我意識(エゴ)で以って、『今、ここ』を断続的であっても生きる以外、わたしたち人間にとっての道はありません。 そのためには、 “メスが好くてオスが悪い”とするコペルニクス的どんでん返しの考え方に変わらなければならないのです。 それがまさに、正しい概念(正しい「考え方」)に他なりません。 “オスが好くてメスが悪い”という考え方こそが、オス・メスの概念(オス・メスの間違った知識=オス・メスの間違った「考え方」)なのであります。 つまり、 “子供を産むメスになりたくない”、つまり、“オスがグループのボスである”というメスの(不在)概念こそが、“オスが好くてメスが悪い”というオス・メスの概念(オス・メスの間違った知識=オス・メスの間違った「考え方」)に他ならないのであります。 |