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第七十七章 死への誘い 死とは人生における唯一の約束事であり、最後の祝い事であり、永遠の安寧であります。 死以外の約束事など何ひとつありません。 死以外の祝い事はすべて一時的なものに過ぎません。 死の中に生がある所以です。 最後の祝い事であることこそ永遠の安寧であります。 始まりがあるものは、終わりがない。 始まりがないものは、終わりがある。 つまり、 始まりと終わりに永遠性がある所以がここにあるのです。 始まりがあるものは、終わりがある。 始まりがないものは、終わりがない。 つまり、 始まりと終わりに永遠性がない所以がここにあるのです。 わたしたち人間だけが、死の概念を持ち、死を怖れる所以がここにあるのです。 最初と最後に永遠性があるということは、円回帰運動をしている証明であります。 最初と最後に永遠性がないということは、線往復運動をしている証明であります。 10のマイナス16乗センチメートルの素粒子ミクロ世界から137億光年の宇宙マクロ世界までの拡がりを持つとされているわたしたちの“運動の光と音の宇宙”は円回帰運動をしています。 マイナス17乗の素粒子ミクロ世界からプラス17乗の宇宙マクロ世界。 137億分の1光年のミクロ世界から137億光年のマクロ世界。 これらを貫く“運動の光と音の宇宙”は円回帰運動をしています。 つまり、 始まりがあるものは、終わりがない。 始まりがないものは、終わりがある。 つまり、 最初と最後に永遠性がある円回帰運動をしている。 つまり、 死とは人生における唯一の約束事であり、最後の祝い事であり、永遠の安寧であります。 わたしたちの人生は、最初の永遠性である誕生の時から最後の永遠性である死への誘いを受けて生きているのであります。 「こころの琴線」第三部[死の結論] −終わり− |