第十七章 恐るべき少年

ご老体から禅の話を聞いていた五郎の傍らで18才の少年も、ご老体の話を聞いていた。
五郎があまりにも、こういった世界の知識が薄弱なものだから、少年に横で聞かれていると思うと、同じ日本人がいる横で下手な外国語を喋って、恥をかかないかと思う、躊躇いに似た感情が走った。そのとき少年が言った。
「紳士さん、わたしのことなど意識しないで、ご老体の、お話を聞いて下さい。
そうでないと、せっかくのお話が無駄になってしまいます。わたしも、あなたと一緒に勉強させてもらっているのです」
この少年の言葉で、五郎は気楽になった。
「それよりも、わたしも今、ご老体から頂いた本を読んでいますが、あなたも読んでいらっしゃると聞きました。わたしはまだ、経験も未熟なものですから、あなたの今までの経験を活かして、いっしょにこの本を読んでみませんか」と言われた。
「願ってもないことだよ。僕からも、よろしくお願いするよ」と言って笑ったら、自分の孫のような少年が実に立派に見えた五郎は、もう社会人になっているのに、家で、下らんテレビの人気タレントのバラエティー番組を見て喜んでいる息子のことを思いだして、思わず頭を下げてしまった。
「Zen Master」の本を、お互い読んでの感想会をしようということになった。
ご老体は、暗誦できるぐらい読んでいるから、一緒に入ってもらった。
ご老体から、問題が出された。
「この本に書かれてある"Being"と"Living"の違いについて、どう思っているかね?」
少年は、五郎の方に合図をして「どうぞ」と言った。
突然の質問に五郎は考える暇もなく、何を言っていいのか分からなかった。
「君から、どうぞ」と言って五郎は考える時間を稼いだ。
少年は話しだした。
「Being というのは現在、瞬間の存在を言うのだから、そこには時間の概念が入ってこない。Livingというのは、過去から未来に常に現在という瞬間をジャンプしている状態であり、そこでは時間に完全に支配されている物質だけの状態を言います。
物理学や数学で三次元が物体とか、四次元は、そこに時間を加えたものとか言われていますが、そんな定義は本来ナンセンスなもので、物質があるから、物質と物質との間に空間があるだけで、物質がなければ空間もない。そして空間があるから、空間を移動するのに時間という概念があるだけです。巷ではそれ以上の五次元は愛だとか、十次元は神の世界だとか言っているようですが、これはまったく詐欺師の狂言と同じです。Beingとは物質のある空間を時間に束縛されずにいる状態で、Livingとは、その空間にある物質が時間に束縛されている状態のことをいいます」
少年の話を聞いていた五郎は、口を開けて呆然と聞いている自分にも気がつかなかった。
「何という、恐るべき少年だ」
五郎は、一言も喋れなかった。