第三十一章 托鉢の経験

オレンジ色の衣装をつくって、翌日から全員が朝の7時から托鉢に出かけることにした。
朝の9時までに帰ることとして、出かけたのだが、8時過ぎにはほとんど全員がっくりとして帰ってきた。
まったく収穫はなかった。
家の前に立って、お経を唱えるのだが、ほとんどが誰一人出てこない。出てきても迷惑だからどこかへ立ち去ってくれと怒鳴られる。
そこへマサルが嬉しそうに帰ってきた。
いっぱいの米や野菜を抱えて帰ってきた。
「マサル、お前、どこをまわってきてそんな収穫を得たんだい」と浩介が聞いている間に、蓑助も、収穫をいっぱい持って帰ってきた。
「蓑助さんと一緒に下町に行ったんです。この近辺は結構中流から上流の屋敷が多い。そういうところは絶対に敬遠される。それなら駅の近くには必ず商店街があって、そのまわりは下町風だから、人情に厚いかも知れないって」
「なるほど。そう言えばわしらが行ったところは、みんなこの近辺の大きな屋敷ばかりだったな」とご老体も感心して聞いていた。
「金持ちになるほど、出すのは、おならでももったいないらしい。て聞いたことがあったな」五郎が言うと、みんな笑い出して、そこへマサルが、
「南平台なんて、その典型的なところでしょう。チャーリーさんに対する仕打ちを考えたら、すぐに分かりますよ」
「明日から、下町を集中してまわろう」とご老体が言うと、
「下町の人たちは、少ないなりにお布施をしてくれますが、毎日頂くばかりでは、良くないと思います」と蓑助が口を挟んだ。
「どういう意味だい」とご老体が聞くと、
「やはり、彼らもご利益が欲しいんです。心の支えになるような。今日も、お布施を頂いた後、わたしは必ず、その方の名前を聞き、お経の中にその方の名前をいれて唱和すると、相手の方も手を合わせ、頭を下げられて、お礼を言われるのです」
その話しを聞いていた五郎は、何となく分かるような気がした。
「お金もちほど、物質的により貪欲になる。失うものが大きいほど、より自己防衛本能が働く。その代わり、大きな精神的価値を失っている。ところが、毎日その日ぐらしのぎりぎりで生きている人たちほど、分け与える気持ちが働く。失うものが少ないから。その代わり、得る精神的な価値は大きい。幸せなんて何で決まるか分からないもんですね」という五郎に、マサルが、
「帰る途中で、蓑助さんと相談したんです。明日から、毎日、心の支えになるような言葉を書いた紙を、お返しにあげましょう。って」
「それは、ワークをする上にも役に立つね」とご老体が、マサルに笑いながら誉めてやると、
「いえ、これは蓑助さんのアイデアで、蓑助さんもワークのテーマに役に立つと言われたのです」とマサルが答えた。
「ほう、蓑助さん。あんた、ワークをどう思っているのかい?」と聞く、ご老体に、
「ご老体。わたしにもマサルと一緒にワークの世話役をさせてくれませんか?」
と真剣な顔で言う。
「実は、ホームレスになる前、山形の家を飛び出して、最初、ある寺に坊主にしてくれと飛び込んだのです。しかし、一日も置いてくれませんでした。三日間、門の前でねばったのですが、なんと警察に通報されて、警察に連行される始末です。最近の寺はみんな、こんなもんです」
日本の昔の良き社会が、確実に崩壊していってると、五郎は、この話しを聞いて思った。