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第三十五章 腕力づくり 落ちこぼれ道場は、警察寮の跡地であったため、立派な柔道場が使われていた。 白い畳の上に正座して、まず瞑想をする。 たまたま、道場に柔道衣がおいてあったのを利用して、みんな柔道衣を着て、ワークに参加していた。 それがきっかけで、ワークの後、誰からとなく柔道をするようになった。 以前、ご老体が、敵のホームレスを放り投げたことを思いだした五郎は、聞いてみた。 「ご老体は、かなり柔道の使い手ではないんですか?」 「うん。気がついていたか、やっぱり。実は大学の時に、柔道の選手だった経験がある」 「それなら、みんなに柔道を教えてくれませんか?実はわたしも、この前の喧嘩のときに、理屈ぬきに、強いことは正義だ。と思い知りました」 大企業のサラリーマンをやっていると、よほど変わった環境での仕事でない限り、暴力に関わることはない。 しかし、五郎のように、海外生活が長く、いろいろな人種の中で生きてくると、最後に、物を言うのは腕力だということが、体に染み込んでいる。自分を守るのは、自分しかない。これが世界の常識だ。誰か、アメリカさんが守ってくれるだろう。これが日本の常識だ。 だから、大企業などは、すぐに反社会勢力に脅されて、赤子をひねるように絞り取られる。警察に言えばいいのに、お礼参りが怖くて、言いなりになる。 彼らは、素人に対しては、金目当ての、びびらして、いくらの稼業だ。 素人が、びびらなければ、商売にならない。 ましてや、暴対法が変わってからは、彼らは両腕、両足をもぎ取られたようなものだ。 指定暴力団員が、ちょっとでも、素人に手を出そうものなら、待ってましたとばかりに、暴対本部が根こそぎ、上層部まで引っ張る。 それでは、商売として、割に合わない。よほど、自分たちの身に危険が及んでこない限り、手を出すのは、びびる素人だけだ。 特に最近は、精巧な録音機が出来て、ボールペンのように胸に差しているだけで、はっきりと、録音される。 こんなもので、下手なことを言って、録音されたら、彼らにとって命取りだ。 自分だけの責任で済まされない。上層部まで影響が及ぶ。 技術の飛躍的発展は、こういったところでも、従来なら、警察当局しか持っていないような機器が、今では個人で手に入る。 アメリカで生活していた五郎が、この録音記録が、決定的証拠となった判例をたくさん見てきている。一般市民でも、自分を守るため、常にボイスレコーダーを身につけている。 日本でも、いよいよ、そこまでしなければならないようになって来たと思った。 昔から言われるように、知力と腕力があれば、鬼に金棒だ。 その腕力を鍛えようという話しが、みんなから持ち上がった。 特に、大企業の偉いさんたちが乗り気な現象に、五郎は、日本の世相を表しているような思いだった。 |