第三十九章 夢の中

久し振りの寝床で、ぐっすり眠った五郎は朝方にある夢を見た。
トーホー商事が不景気のあおりを受けて倒産する夢だった。
田中社長が緊急記者会見で、泣きながら頭を下げていた。一方、烏丸会長は別のインタビューで事情を説明している。
「田中社長に後任を譲ってから3年になります。名実共に田中社長指導の下のトーホー商事でした。わたしは、名前だけの会長で、ほとんど経営には口を挟まないできました。今から思えば、もっと意見を言ってやればよかったと思っています。こんな事になるなら」と沈痛な表情で喋っている。
「嘘をつけ!実権は全部自分が握って、役員人事も全権を持っていたくせに」と五郎が叫んでいる。
事実、五郎が取締役で退任することになったのも、田中社長は常務に昇格させたかったのに、烏丸会長が当時常務だった五郎と同期の小川の、田中社長と五郎とが烏丸会長の権力剥奪を狙っている、という戯言にのせられて、退任というより解任に近い辞め方だった。
小川はこの件で、専務に昇格したのだ。
大きな声でうなされているのを聞いて、ご老体が五郎を起こした。
「何か、いやな夢でも見たのかい。それとも正夢かな」と意味ありげに言った。
「いや、前にいた会社が倒産する夢を見たのです」と言う五郎に
「お前さんのいた会社は、たしかトーホー商事と言ってたはずだが」と言うご老体に
「そうですが、トーホー商事に何かあったんですか?」と五郎は聞いた。
「お前さん、やはり正夢を見たんだよ。今朝、トーホー商事が倒産して、さっきテレビで社長の記者会見をしていたよ」
ご老体から事情を聞いた五郎は、夢で見たこととまったく同じことが起こっていたことに驚いて、夢の内容をご老体に話すと、
「その烏丸会長というのもテレビで出ていたよ。まるで他人事のように喋っていたのが、どうもうさんくさい奴だな、という感じがしたが、やはり実態はそうだったのか。人間って、言葉でごまかしても顔はごまかせないもんだ」
「この後、どうなると言っていましたか?」と聞く五郎に
「お前さんには関係ないことだろう。それともまだ未練があるのかね?」
「いや、未練じゃなくて、親しくしていた連中がたくさんいたもんですから、彼らのこれからの去就が気になっただけです」
もう、これ以上二人の会話は続かなかった。
自分が辞めて、一年も経たない内に倒産するなんて五郎には信じられなかった。
自分が現役でいた時は、役員会議で、商社の今後の在り方については、よく議論されたが、倒産するような経営危機に陥っているという話しは一度もなかった。
しかし、年間十兆円もの売上をする会社が一年で急激に経営危機に陥って、倒産するなんて考えられなかった。
「やはり、烏丸会長派閥の連中だけで隠し通していたんだろう」と五郎は思った。
それなのに、記者会見では、田中社長の経営手腕に問題があったなどと嘯いておる輩を五郎は許せなかった。田中社長が実現したときは、烏丸会長派閥の連中はみんな、
「この会社の将来のことなんか知ったことじゃない。自分が在任している間さえ、うまくいっておればいい」と平然と言っていた。
そういう無責任な連中が許せなくて、よく噛みついたことがある。それで彼らは、五郎より立場は上でも、五郎に遠慮していたのだ。そして親分の烏丸会長のところに、五郎の悪口を言いに行く。それを聞いた会長は、また調子に乗って、ますます実権を社長に譲ろうとしなくなる。
こういったぎくしゃくが数年続いていたことは確かだった。
「やはり二頭政治は駄目だな」と五郎が思った。
「ここでも、同じことだ。俺がでしゃばってはいけない。ここでは黒子に徹しよう」と決意するのだった。