第四章 慄然とした気持ち

今まで、才能溢れる一流国際人であると自他ともに認めていた自信が脆くも崩れていく。
自分にいろいろなテーマを課し、努力して体得した、ピアノからドラムまでこなせる多才な音楽素養、そしてゴルフから水泳までプロ顔負けの体力と技、バイリンガルどころかトリリンガルを越えてテトリンガルの語学力、その上にグローバルな海外生活体験で得た人脈の豊富さ、これだけの多種多才な人間は正直言って、そこいらには絶対にいないと自負していた。
ところが、どうだ。自分から大企業の看板を外されたら、誰もその多才さを披露して欲しいなどと頼んでこない。所詮、素人のかじりおぼえのつまらない隠し芸でしかなかった。
いざ、家でピアノを弾いても喜びを感じない。プールで水泳選手のように泳いでも充実感もない。
「これは一体何だったんだ。」
結局、すべては総合商社での、出世のための道具でしかなかったのだ。自分だけのかけがえのない財産ではなかった。道具は使ったらご用済みだ。
だから、趣味としての感覚がまるでなかった、仕事の一環だった。
その仕事が無くなると共にこれらの道具も不要になったことを知って慄然とした。
自分には仕事以外に何もなかったのだ。その仕事を奪われたら人生そのものを根こそぎ奪い去られることになることに気づかなかった。
「俺は、本当は馬鹿なんだ、本当に。」
真摯に認めざるを得なかった。内心自分ほど賢くて有能な人間はいないと思って生きてきただけに、それは五郎には非常に辛い思いだった。
確かに努力は人一倍してきたが、何かが欠落していた、それが何だったのか65才になっても分からない。
65才にもなれば、人生の機微も知り抜いていい歳だ。
それが、これから何をしていいのか分からない。
「何て、ことだ。」
百姓が一年かけて朝早くから陽が暮れるまで、腰がまっすぐに伸びないぐらい働いて育てた稲が、台風や冷害で一瞬に全滅させられたような無力感に襲われた。
「自分にしかない財産は何もない」
これが現在の五郎の心境における結論だった。
まだまだ、総合商社の偉いさん根性が抜け切れていない、しかも人間だけが唯一の経営資源である商社では、人間が商品だけに、人間同士の激しい競争になる。
そんな中で何十年も生きていると、知らぬ間に人を蹴落とすことが平気で出来る、またそれが出来ないと生きていけない世界なのだ。
華やかさの陰で、ヘドが出そうなどろどろした裏切り、騙し打ちが横行する世界なのだ。
だから人間性を徐々に失くしていっていることに気がつかないのが商社マンの宿命だ。
物づくりに精を出している製造業の会社のことを、彼等は「メーカーさん」と呼ぶ。
どん百姓という意味をこめた蔑視語だ。
見栄と傲慢、その裏に見え隠れするブローカー根性に対するコンプレックスが交錯する職業が商社マンだ。
その第一線に長くいた五郎には、もう真実の人生感を感じる感性は完全に失せていた。
五郎がこのことに気がつくまでには、まだまだいろいろな虚無感に苛まれ、無力感に打ちひしがれるしかなかった。
ある意味で、人生のおつりを払わされる番がまわってきたのだ。
しかし、本人が何故おつりを払わなければならないのだ、と思っている間は、まだまだ、ゴルフ事件のような屈辱感を味わうことがやってくることを、予想も出来ずに、悶々とする五郎であった。