第四十一章 思わぬ告白

昔は、渋谷駅のすぐ近くに公園があったが、今の渋谷は様変わりで、人ごみの数も、人種も、新宿なみになってしまった。
昔の渋谷は、どことなく品があった。
新宿が江戸時代から、内藤新宿と言われ、江戸から甲州街道に抜ける最後の宿場町で、それだけに、いろいろな人種の坩堝であった。今流に言えばスラム街の雰囲気が昔からあった。
それに対して渋谷という町の歴史は、鎌倉、室町時代からあり、後冷泉天皇の時代には谷盛の庄と呼ばれ、親王院の地として東福寺が建立され、谷盛の庄が七つの郷で成っており、その一つが渋谷郷と呼ばれたことから来ている。
また江戸時代には幕府の直轄地で、渋谷の丘には武家屋敷がいっぱい建っていて、江戸府内で、もっとも開けた町であった。
その雰囲気が、新宿との違いであり、渋谷にはすぐそばに武家屋敷跡地が南平台となって、東京でも最高級住宅地として今でもある。
ところが、今は完全に、若者と外国人の町となってしまっている。
仕方なく、南平台まで歩いて行き、公園を探しあてた。
この辺りは、ホームレスの来る所ではない。
「いつ警察に通報されるか分からないから、話を短くしよう」と五郎は言った。
「はい、分かりました」と殊勝に喋る、中村は、どこかおかしかった。
株主訴訟の問題ではなさそうだと思った五郎は、安心したせいか、気持ちも落ちついた。
「わたしは、山本さんに、謝らなければならないことがあります」と言う中村の、山本と名前を呼ぶのにひっかかっていた五郎は、
「君は、今まで、わたしのことを本部長とか、山本取締役という言い方しかしなかったのに、どうして山本さんと言うのかね」と聞いてみた。
「役職の無力さを、思い知ったからです。実は、あの岩下の野郎が、すみません、こういう言い方をして。しかし、そうとしか言えないんです。会社が倒産すると決まった日の前日までは、わたしのことを中村部長と呼んでいたのに、倒産すると決まって、我々管理職は全員解雇と決まった瞬間、わたしのことを、お前、と呼ぶんです。そして、その言い方を注意すると、お前だって辞めた山本からゴルフを誘われた時に、海外出張だと言って断って、手のひらを返すようなことをやっていて、偉そうな口を叩くな。と罵倒されたのです。もうショックで夜も眠れませんでした。そして、あなたにしたことを思い出して、いてもたってもいられなくなって、こうやって伺ったのです」半泣き声で話す中村を見ていて、あの時のショックと怒りも忘れて、五郎は言った。
「あの時は、わたしもショックだったよ。ホームレスになった、きっかけにもなった事件だった」
「どうもすみませんでした。申し訳ありません。それで敢えて山本さんと呼ばせて頂いたのです」
「それだけで、わたしの所へ来たのかい?」五郎は、まだしっくりしなかったので聞いてみた。
「はい、実は今朝、女房から離縁状を叩きつけられ、家から出ていってくれと、言われたのです」もう完全に、泣いていた。
「やっぱりな。そうじゃないかなと思ったんだが」と言う五郎に、中村は、あわてて手を横に振りながら言った。
「誤解しないで下さい。何もわたしは、山本さんの所にお世話になろうと思って伺ったのではありません。ただただ、謝りたかったのです」
「まあ、そんなことは過ぎたことだ。それより、これからどうする気かね」と聞かれた中村は、黙って下を向いていた。
なんと、せちがらい世の中になってしまったんだろう。と思う五郎だった。