第四十二章 日本社会の異変現象

結局、何処に行くあてもない中村は、ご老体の薦めもあって、その日は五郎の横に寝床をもらった。
人通りの多い間は、お互いに寝床で独りでいたが、あさりを終わった後、中村と五郎はゆっくりと話をした。
「山本さんは、あのごみ箱のあさりに慣れたのですか。わたしは、到底無理だと思いました」
「わたしも、最初は、あの匂いに吐き気を催したよ。それ以上に、あさりをやっておる自分の姿を、通りがかりの人間が、野良犬を見るかのような視線を送ってくる。その屈辱感には、耐えられるものではなかった」と言う五郎に、頷きながら、中村は言った。
「わたしの会社での姿は、まさに、あの姿でした。だから、そういった屈辱感には麻痺してしまっています。しかし、会社が倒産して、何か後ろ盾になっているものがなくなってしまうと、いつもの姿を思い出しただけで吐き気がしますよ。家に帰ると、その仮面を取って、本来の自分に戻っているつもりでしたが、よく考えてみれば、そんなジキルとハイドのような生き方など無理なんです。知らないうちに、家でも会社と同じ仮面を被っていたのですね。自分では気がついていなかっただけで、家族は見ていたのです、わたしの会社での姿を。そりゃ、あの姿を見れば、誰でも失望しますよね」
夢中になって喋る中村の表情が明るくなっていくのに、五郎は気がついた。
「あの烏丸会長のテレビでの姿を一回見たら、へどを吐きますよ。ちょっと聞いた話ですが、烏丸会長も、わたしと同じように家族から捨てられたようです」中村の話に、さすが五郎も驚いた。
「だって、家に、ゴマスリの役員連中が、何か理由をつけては、胡蝶蘭を持って行く。
玄関には、白い胡蝶蘭でいっぱいだった。そしてみんな奥方にもゴマを摺る。そんな旦那が、すごく立派に見えてくる。そこへ、あの無様な姿でしょう。落差が大き過ぎますよ」と息巻いて喋る中村の話を聞いて、
「そう言えば、俺も、田中社長の家に胡蝶蘭を持って行ったなあ」と独り言を言った。
みんな、自分では、結構立派な生きざまをしていると思い込んでいるものだ。
会社に入った若い頃は、先輩や上司が、偉い人に媚びる姿にへどを吐いていたのだ。
ところが、何十年も同じことをやっていると、目がかすんできて、世間は、そういうものだと思い込んでしまうのだ。ごみ箱のあさりと同じで、だんだん回りの目などまったく感じない鈍感な人間になってしまっているのだ。
家では、立派な夫で、父親だと思っているのだ。ところが、知らず知らずのうちに麻痺してしまって、家でも会社にいる時と同じ根性になっているのだ。
よく、定年退職した後、濡れ落ち葉と言われて、家族から見放される現象が急増している。
これを、サラリーマンは気の毒な職業だと思われていると思っていたら、とんだ間違いだ。
自分が、会社に勤めている時から、家族を騙し続けてきたのだ。家にいる姿が虚像で、会社で、魂を売っているのが、本当の自分になってしまっているのだ。
本当の人間というのは、何処にいても、どんな状態でも、心の状態が変わらないものだ。それを会社での姿は、家族の生活を守る責任から、仕方なく仮面を被っているのだと思っている。しかし、そんなことが出来る訳はない、人間は思ったことをやるのだ、思ってもしないことは、絶対にやれないのだ。だから会社でやっていることも、実は屈辱感など感じていないのだ。ホームレスのあさりと同じで、麻痺した精神的ホームレスになってしまっている。だから精神的には自分から家族と離れてしまっているホームレスなのだ。そして、その症状は、地位が上がれば上がるほど、ひどくなっている。
今回のトーホー商事の倒産劇での烏丸会長や田中社長などもそうだし、以前、エイズ感染事件を起こした薬品会社の幹部連中の、世間に対する態度などは、後でまともな精神で振りかえってみたら、自分でも吐き気を催すはずだ。
ここ最近の、大企業の不祥事や、倒産劇の背景には、彼らの社会全体が、重症の精神分裂になっているからだ。
五郎が、元旦事件で経験したことは、まともな精神に戻ったからであり、普通の人間の持っている分裂程度になっただけのことである。
だから、五郎は家を出たのだ。
しかし、現代日本の中で、こういった連中の数が一番多いし、ますます増加する傾向にある。
日本という社会自体が、極度の精神分裂症になってしまっている。
健全な社会とは、一体どんな社会をいうのか、日本人全体が考え直してみる時期に来ていることは確かだ。
五郎は、ご老体に、そのことを話したら、
「そうだな、明らかに異変現象だな。ただ、じわじわと起きているから、パニックにならないだけで、慢性的になっているから、治療するのに時間もかかるし、苦痛も大きいだろうな」と言って、いつも淡々としているご老体の表情に暗さを感じた五郎は、嫌な予感をするのだった。