第四十五章 人間の業

会社の倒産で失業し、家族から捨てられた中村は、まだ未練があったから、家を覗きに行ったのだ。
「死んだチャーリーも、そう言えば、同じことをしたと言っていたな」と五郎は思った。
五郎の胸の中で、泣きじゃくる中村が、やっと落ちついたのか、喋り始めた。
家を覗きに行っただけではなかったのだ。ひょっとしたらという、かすかな期待を持って家に帰ったのだ。
ところが、中村の姿を見た、家族は誰一人喜ぶどころか、近所の手前ばかりを考えて、よってたかって叩き出されたのだった。その時に、離婚届けの書類に、みんなで抑えつけられて、無理やり名前を書かされたのだ。そしてその後、叩き出されたのに、未練がましく、今度は家を覗きに行ったら、みんなで祝杯をあげて騒いでいたのを見たのだ。
その話を聞いて五郎は思った。
「俺の家も、そうかな」
それを聞いていた恭子は、憤慨して、
「家族の絆って、死語になってしまったのでしょうか」と言い放った。
「確かに、世の中の傾向はそうかも知れない。しかし、日本人すべてでは決してない。
世の中の実相は、いつの時代も変わらない。表相だけが変わって見えるだけだよ。その原因は、世の中にあるのではなく、各自の心の中にあるのだ」
ご老体は、みんなに諭すように言った。
「絆というのは、その字からも解るように、糸が半分と書いてある。つまり絆というのは、お互いに糸を切るも切らないも、五分五分だということだ。相手が一方的に責められるものではない」と言ったご老体に、
「それでは、わたしにも責任があると言われるのですか?わたしは何も悪いことはしていない。会社のトップが無能だから倒産して、失業したのであって、わたしは被害者なんです。それなのに、何でこんな仕打ちに遭わなければならないのですか?」
中村は、絞りだすような声で言った。
「会社が倒産したのは、トップの責任は重いが、彼らだけの責任ではない。お前さんも部長だったんだろう。平社員でも全体責任だよ。部長責任はかなり重いよ」
ご老体は、吐き捨てるように中村に言った。
「やはり中村は、本質的には何も変わっていない」と五郎は思うと、一体自分の本質とはどんな人間なのか分からなくなってしまった。
「結局、どんなに自分の状況が変わろうと、生まれ持った本質は、生きている限り変われるものではないのでしょうね」
恭子が、突然言った。
「それが、人間の業というもんだ」ご老体は、中村に向かって叫ぶように言った。