第四十七章 憐れな習い性

15人のホームレス生活が始まった。
何といっても、一番の問題はあさりだと五郎は思っていた。
「お屋敷町の連中は、みんな裕福な生活を送っていたから余計大変だろうなあ」
と思いながら、はじめてのあさりの前に心配していた。
上原の落ちこぼれ道場での生活は、寺の修行者のものだ。
本当のホームレスの生活は野良犬そのものだ。
お屋敷町の連中は、血統書つきのブリード犬ではなく雑種だが、飼い犬だ。
この雑種の飼い犬が、ややこしい。混血で、優性遺伝と劣性遺伝が混在しているからだ。野良犬は必ず雑種犬だ。生まれつきの野良犬もいれば、飼い主から捨てられたのや、飼い主に嫌気をさして自分から野良犬になったのといるが、必ず雑種だ。
血統書つきのブリード犬は、野良犬には絶対なれない。雑種のような、雑草と同じしたたかな強さがないから、野良犬になってもすぐに死んでいく。
お屋敷町の主人の住んでいた上原辺りは、南平台のような血統書つきのブリード犬が住んでいる町ではない。雑種の中から這いあがった連中が住む町だ。
最初は、五郎が心配していた通り、みんな、あさりに躊躇していた。
それを、見事に乗り超えたのは、中村のお陰だった。
中村は、まだサラリーマンの憐れな習い性をまったく失っていなかった。
お屋敷町の連中は、ホームレスにはなっているが、まだ会社の社長や役員の現役だ。そこに中村は目をつけたのだ。連中にごまを摺りはじめたのだ。
あさりの時間になると、尻ごみするお屋敷町の連中があさりをしなくてすむように、中村が、みんなの分もあさりをしてくるのだ。
あさりの一番の苦痛は、ごみ箱の蓋を開けた時、吐き気をもよおす匂いと、通行人の視線だ。いくらごみ箱から、あさってきた食べ物でも、据膳なら食べれるものだ。
お屋敷町の連中は、中村のお陰で、その苦痛から解放された。
人間の気持ちというものは、都合のいいようにできている。
お屋敷町の連中と中村との間に、奇妙な関係が生まれていった。
「このままでは、連中を放りだすしかなさそうだな」とご老体は、五郎に言った。
「中村は、サラリーマンの憐れな習い性から、全然抜けていないので、わたしは、こうなるのではと心配をしていたのです」五郎は前々から、中村にひっかかっていたのは、この憐れな習い性のことだった。
ご老体や五郎も雑種の飼い犬だったが、飼い主に嫌気をさして野良犬になったタイプだ。
しかし、中村は飼い主に捨てられた野良犬だ。そこが根本的に違うところだ。
だから、中村を仲間にいれるつもりはなかったのだが、つい情に負けて、ここまで来てしまった。
「ここは、ひとつ決断をしないといけないな」と言うご老体に、五郎も同意した。
そんなふたりの心配をよそに、中村とお屋敷町の連中の関係は、ますます深まっていった。
それと共に、中村の態度も、お屋敷町の連中の態度も変わってきた。
「これじゃ、何のためにホームレスになったのか。生きているかぎり、人間との係わりは切れない、どこにいても問題は起こるものだ。むつかしい、生きるということは、本当にむつかしい」と五郎は、せっかく新しい世界を見つけたと思っていただけに、ため息をつくのだった。
その時、ご老体は、すでに行動に入っていたことを、五郎はまったく気づかなかった。