第四十八章 追放の選択

ご老体は、12人のお屋敷町の連中を、じっくり時間をかけて観察していた。
全員が問題のある連中とは、とても思えなかったからだ。
全員、大企業のサラリーマンだ。
その中で、ある特性を、ご老体は発見した。
4人が社長。8人が平取り。全員現役だ。中間の常務、専務、副社長というのは一人もいないのだ。しかも4人の社長が全員、上に代表取締役会長がいて、二頭体制になっている。
結局、彼らの悩みの原因は、権力闘争の負け組みなのだ。
どんな大企業でも、ひとたび取締役になると、どんなに無能でも常務にはなる。
常務や専務、副社長になるのは、実力でも運でもない。最高権力者に目をかけられるかどうかにかかっている。
その中で、平取りで辞めるのは、どうしようもない無能と最高権力者が判断したか、造反したかどっちかだ。大体は、無能な、ごますりだけであることが判った最高権力者が、自分が引き上げてやったのだが、とかげの尻尾切りのように、自分に火の粉がかかってこない内に、後顧の憂いを断った場合だ。
現在の日本の大企業で、実力だけで役員になるのは不可能だ。
最高権力者が、実力で上がった者でないから、彼らにとっては、実力者には気後れする、それが嫌だから、絶対に引き上げることはしないからだ。
また社長になりながら、ここにいる4人は、権力を会長に持たれ、単なる飾りだけになっている連中だ。
その中で、ご老体は、一人の人間に目をつけた。
彼の名前は、砂塔と言う。あるメーカーの社長になって2年になる。
彼の会社が不祥事を起こし、当時の会長、社長が引責辞任した為に、社長のポストがころがり込んできたのだ。
本来なら、副社長の山梨というのが、序列からみれば社長になるところだが、山梨も以前、不始末を起こして、解任が当然のところを目こぼしをしてもらったのだ。その替わりに社長になる芽は摘まれていた。狡猾を絵に書いたような人物で、先輩のOBに対して不遜な態度をするので、評判は極めて悪いのだが、上昇志向が強く、そのために、自分の親衛隊を以前からつくっていた。そしてサラリーマンの悲しい性で、誰か自分を引き上げてくれるボスを常に求めている連中が、彼の親衛隊となって、かなりの勢力を持っていた。
だから、専務の頃から、次期社長の最有力候補であった。しかし、当時の社長で、2年前に不祥事で引責辞任した実力会長が、OBからの評判の悪さを耳にして、山梨を社長にすると、自分に対する態度も豹変する危険を察知して、別の人間を社長にしたのだ。それが同時に引責辞任した前社長だ。
そして、山梨が不始末をしでかした。
そこで専務でいた、砂塔が社長になって、山梨は会長になった。しかし、それは世間体をはばかる方便で、山梨は、実質上何の権限もない会長だった。
ところが、砂塔が今までしてきた仕事は、間接部門ばかりで、メーカー本来の事業には疎かった。一方山梨は間接部門も直接部門も経験していた。実力的にはそれほどの器ではなかった。ただ引責辞任した会長と同じく数字に強いところを買われて上がってきただけなのだ。
そこへ、不始末があって芽を摘まれたのだが、人材不足に悩んでいた会社にとっては、まだ使えると思っていたから、副社長にまでなった。
この山梨と砂塔が、元々犬猿の仲だったから始末が悪い。
砂塔が社長になった時は、他の役員も、従業員も、実質権力者は砂塔だと思っていた。
しかし、悲しいかな事業の経験が余りにも乏しい。そこで引責辞任した会長の経営手法であった、率先垂範のリーダーではなく、司、司に任せる、言い方によっては、権限の委譲のやり方を踏襲したのだ。その方法しか取れなかったとも言えるが、それが2年経って、メッキが剥がれてきたのだ。前会長は10年も社長をやり完全に自分の体制を固めていたから、やれた手法なのだが、砂塔は所詮、猿の物真似だ。そこへ山梨が食い込んだのだ。
結局、従業員にとっては、顔の見えないリーダーは困るのだ。その点、山梨は従業員の一般食堂にも顔を出して馬鹿話しもするから、顔が良く見えるのだ。
徐々に、砂塔の存在感が薄れて行き、山梨の存在が、従業員の間で浮上してきたのだ。
こういった雰囲気が、一旦広がり始めると、雪崩現象を起こすのが人間の世界のみならず、動物の世界でも同じで、逆転するのは極めて難しい。
当初、砂塔は、株主総会の議長をしているのは自分で、会社の業績を落とさない限り、株主が支持するのは自分である。だから役員の人事権も自分が握っていると思っていたのだ。そして従業員の目を無視していたのだ。
それを、従業員は敏感に感じている。社長になった当時、目安箱制度なども取り入れて、従業員の評価も良かったが、信念を持ってやっている訳ではないから継続できない。結局何の成果もなしに途中で止めてしまった。そうなると反作用の方がきつい。
そこが砂塔には分かっていなかった。器量不足と言えばそこまでだが、結局、山梨に実権を奪われて失意の内に、出社拒否症になってしまったのだ。
「社長が、出社拒否症になると言うのも奇妙な話しだな」とご老体が、首をかしげた。
「わたしは、道理を通すことに腐心してきました。しかし会社というところは、不条理の方がまかり通るようです」と砂塔は言った。
「それじゃ、お前さんは中村のそそのかしには乗っていないと言うのかね」とご老体が聞くと、
「とんでもないです。わたしは、ああ言う連中が、会社の中で、うじょうじょいるのに嫌気がさしたのです。だから、そんなそそのかしには乗っていません」ときっぱり答えた。
「お前さんは、そこのところが全然分かっていないんだな。お前さんも同類なんだよ。
たまたま、運よく偉くなれただけだ。中村のような立場になれば、多分同じことをやっていたかも知れないよ」とご老体は、手厳しく言い放った。
「それはあまりです」と言って下を向いた砂塔に、
「それじゃ、ひとつお前さんにやってもらいたいことがある。それが出来れば、認めてやろう」ご老体は、五郎の方を向きながら笑った。
「何をしろと、おっしゃるのですか」とおどおどした表情で言う砂塔に、
「お前さん一人の力で、中村をここから追放するのだ。そして他の連中で中村に同意している者を見抜いてみせてくれなよ、なあ、紳士さん」と五郎に相槌を求めた。
「そうですね。それが砂塔さんにとっても良いことではないでしょうか」五郎も嬉しそうに答えた。
砂塔は、何も答えずに下を向いていた。
「動物園の檻で飼われて、いつも安全と餌を保証されているお前さんが、ジャングルで日夜サバイバルゲームをやっていけるか、試して見ようじゃないか。果たしてお前さんにしても、その山梨とか言うのにしても、掟の厳しいジャングルでも、今まで通りのやり方が通用するかどうか楽しみだよ」と笑ったご老体を見つめながら、五郎は思った。
「果たして、自分ならどうだろうか」