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第五十章 裏切り 「何ですか一体、砂塔さん」と中村は、少し怯えながら砂塔を見上げて言った。 お屋敷町の連中も、急に砂塔が現われて驚いた様子だった。 「君たちは、わたしも含めて、みんな恥ずかしいとは思わないのかね。ただの気の弱い子供の登校拒否症と同じことをしておって、それを何も言わずに受け入れてくれた、ご老体、山本さんや他の人たちの好意を何だと思っているんだ。それを、こんな男のごますりに載って、会社人間の本性をまた出して自己本位になっている。いい加減にしたらどうなんだ」 激しい口調で喋る砂塔に、お屋敷町の連中は圧倒されて下を向いたまま黙っていた。 「こんな調子を続けるなら、もう我々は、ここにも、上原にもおれない。また元にもどるしかない。早くここを片付けて、とにかく一旦引きあげよう」 砂塔は、自分でも何を言っているか分からないぐらい興奮していたが、すらすらと出てくる言葉に快感を憶えた。 「こんな気持ちになったのは初めてだ。腹を据えるとこんなに勇気が出てきて、そして勇気が出ると、何か大きな力が自分の体の中を突き抜けてくる。人間が生きてゆく上で体得すべき一番大切なことはこれなんだ。物質的豊かさとか、権力、世間的名誉なんて、蜃気楼のようなもので、ちょっとした状況の変化で、さっと消えてしまう」 そう内心思った砂塔は、ある考えがふと湧いた。 「今すぐ、ここを引き払うのかい」とお屋敷町の連中が、不安げに砂塔に言った。 「そうだ。今すぐにここを片付けて、それぞれの家に戻るんだ。早くするんだ」 命令口調で砂塔は言い放った。 「砂塔さん、ちょっと待ってください。それじゃ、戻るところのないわたしは一体どうしたらいいんですか」と中村は泣きそうな顔をして訴えた。 「女の涙に騙されるな。というが、男にも言える。すぐに泣くこの男に、つい情が出てしまって、結局騙される。安易に泣く人間は信用できないなあ」 自分の寝床から様子を伺っていた五郎は、この光景を見て、また新しい発見をしたと思った。 「泣き虫は、ごますりの手法のひとつだ」これを忘れないようにしておこうと五郎は思った。 「あんたも、ここを早く引き払った方がいいよ。どっちみちご老体と山本さんに叩き出されるんだから」 さすがに応えたお屋敷町の連中は、何も言わずに片付け始めた。 そして、片付け終わると、砂塔がみんなを連れて、ご老体のところに行った。 五郎も立ちあった中で、砂塔が代表して、 「いろいろ迷惑ばかりかけてしまって申し訳ありませんでした。それぞれ一旦戻って、自分の問題は自分できっちり片をつけます。その上でまたご挨拶に来ます」 口を引き締めて喋る砂塔に、 「この人間は、何かを悟ったようだな」と五郎は思った。 「わかった。まあ、せいぜい頑張ってな」と簡単に答えて、ご老体は寝床に入ってしまった。 深々と頭を下げて、お屋敷町の連中は去って行った。 五郎も自分の寝床に入ってしまった。 呆然と立ちつくす中村は、さすが万策尽きたと悟ったか、寝床を片付け始めた。 その様子を、ふたりは寝床から見ていた。そして同じ考えが浮かんでいた。 中村が去って行った後、ご老体の寝床に入っていった五郎は、 「中村は、裏切りますな。どこに行くかは、もう察しがついているでしょう?」 とご老体に聞いた。 「お前さんも、やっとジャングルのメカニズムが分かってきたようだな。それより砂塔は、一枚皮が剥がれたようだな。これから起こることを全部察知した上で、あんな風に決断したんだ。必ず戻ってくるよ」 と淡々と話す、ご老体に 「それより、これからの対応はどうするつもりですか」と五郎は心配そうに聞いた。 「そうだな、しばらく上原に疎開するか」と言って、寝床を片付け始めたご老体に促されるように、五郎も片付け始めた。 「中村のやつ、また姑息な手を使うだろうな」と片付けながら、五郎は考えていた。 |